辞世のブログ更新 その3 By Y平

 脳卒中で指が動かなくなったはずでしたが、段々動いてきたので腹立ってきました。今、僕の理性と中枢神経的なものが大喧嘩して、指に向かって「空気嫁」だなんて罵詈雑言を浴びせてるところです。まったく、ほんと空気の読めない指なんだぜ。
 えっとくだらない話を枕に続きますのは前回の続きなんですが、高い金払ってわざわざ大学に「らき☆すた」見に行ったわけです。これだけ見ると「うほっ! ガッコでらき☆すた見れんの!? どこ中どこ中!?」などとエナジーに溢れた人たちがムハムハすると思うけど、落ち着いてその1から見てください。ちなみにどこ中かは教えられません。(ヒント : 鳥取砂丘)
 して、DVDプレイヤー様があるサークル室にたどり着いたわけなんすけど、ゴミ貯めみたいになってたので多少なりともひいた。確か最後にここに来たのは八月の終わりごろなんだけど、明らかにゴミが増えてる。現役メンバーは一度も使ってないはずなのにゴミが増えてる。夏休み中誰も飲んでないはずなのに、ゴロゴロとマックシェイクのコップが落ちてる。
 得体の知れない闖入者の影に怯えながら、僕はゴミダメの中に入っていく。あとから来た先輩に機材を渡して、さて、こっからが本番。このゴミダメの中心で「らき☆すた」見ようじゃないか。オラわくわくすっぞー!(ちなみにゴミダメの様子は下記の通り)
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 始まって数分。とたんに集中力を奪われた。なぜ? あちぃもん。扇風機しかないサークル室は異常な熱気を帯びており、とてもじゃないが閉め切ってアニメ鑑賞なんてできる環境じゃない。え、なぜ閉め切ったか? それは……その……恥じらいですな。大学で「らき☆すた」見るとか中々恥ずかしいじゃない。だって、ドア開けたらもろに外からテレビ画面が見えちゃうんだよね。テレビの配置がさ、問題。そんな甘い考え、持っちゃいけないですか?
 と自問自答したら、「いや、それはダメっしょー!」と生真面目な自分が警告してきたので耳を傾けましょう。耳を澄ますとどこからともなく声が聴こえる。「自分の好きなものを恥らってどうすんの? 好きなものを好きって言えない意気地なしが、今後の人生生きて行けるの?」いや、もっともだわ。ここだけ聴いたらすごい正論に聴こえる。チャライあいつも、ヤンチャなあいつも納得の正論ですわ。恥ずかしがることはない。つーかよく考えたらどうせ夏休みだし、学生なんていないっしょー。だいじょぶだいじょぶ。オープンザ、ドア、アンド、ウィンドウ!
 開け放したら涼しくなったけど、なんかものすごい数の大学生どもがサークル室の前に溜まってたので閉口した。いつの間に。見てたらなんかのサークルの集まりらしい。僕は「夏休みに何集まってやがる」などと毒を吐いたりしたが、よく考えたらサークルって本来そういうものだった。ちなみに僕のサークルは12月まで活動予定がありません。異質なのは俺達?
 というわけで、開け放したサークル室と書いてゴミダメの前にタムロっとるのは、若々しい男女10数人です。キャピキャピした口調で冗談を飛ばしあう男女達。「僕私、青春してます!」オーラを全面的に出しながら、ゴミダメの中心で「らき☆すた」を見る男をチクチクと攻撃してきます。僕はその攻撃がさも効いてないかのように装い、視線はキッとこなたサイドに固定。眩しいほどの青春を見まい見まいと努力する一方で、聞こえてくるのは男女の嬌声また嬌声ですわ。時々僕のサークル室を、痛そうに覗いているときに出るであろう、「うわあ……」とか言う声が聴こえるのは気のせいだと思う。だって今、僕がテレビで見てるのも同じ青春だもの。ほら、パッケージに「学園・青春・アニメ」って書いてあるし。
 そんな僕の状況を知ってか知らずか、テレビに映る「らき☆すた」はギャンギャン本気モードへと移行。こなたつかさかがみみゆき4人で入浴してるシーンの始まり始まりパチパチ。アングルは基本、首から上、後姿、後ろからの俯瞰の三種類だが、首から上というよりは乳首から上という極めて好まれそうなアングルがチラホラ散りばめられていてナイスと思いきや余計なお世話だこの野郎。背中には、青春を謳歌してる大学生、前には乳首から上の萌え絵。その中央に鎮座しますは僕。みんな青春なのにすごい空気。僕だけ貶められてる嫌な空気。そりゃ血管もやぶれる。
 後ろを向いて現実の青春どもを見やると、ガチで女の子がひいてたので、こっちもひいた。というかムカついた。くそう。なんだ。何も知らないくせに。僕は決して、このアニメを見て「萌えええええ!」とか低次元な空気で喜んでるわけじゃねーんだぞ。くそ。てめえ、この声優さん。平野綾の声の異質さとすごさ、分からんか? クソ! 見てもねーのに批判しやがって! え。僕はこの平野綾の声がすごいので見てるんじゃ、ドアホ。言うまでもなく萌えとかそういうんじゃない、ただアマの人形劇師の僕として、アクター的な僕として、畏敬の念を払って見とる。それは純粋な芸術と向かいあう気持ち、ストラディバリウスを手に取るバイオリン奏者と同等の真剣みで、「らき☆すた」と向かいあっとる。それは、先入観から本質を知ることを放棄したあんたとは比べ物にならない差だ。俺とお前の差だ。それに君達青春野郎どもはよく言ってるじゃないか。「なんでも経験するんだ! 僕私はそれでどんどん輝いていくのよ!」ってそんなニュアンスのことを声高に叫ぶじゃないか? しかるに君達の態度は何だね、そういったことだから……え、何だって? でもキモい? それを言っちゃあおしまいだよのび太君。
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辞世のブログ更新 その2 By Y平

 相変わらず指がうまく動かないので、順調です。死がだんだんと迫ってきているのが分かります。この調子で頑張れ、僕の脳卒中。
 というわけで本日2回目の更新なんすけど、今日は用があって大学に行っとりました。用っつーのは、先輩がお芝居やるので見に来いっつー用なんすけど、実はなんか道具ないから、サークルのステージ機材貸してくれ、だからサークル室開けてくれ、だから鍵持って来いっつー用でもあるんすけどほんに疲れた。いや、サークル室開けるためだけに大学に来る労力を舐めちゃいけない。疲れた。そら血管もやぶれます。
 そんで大学に来る動機付けが「鍵を持ってくる」じゃあまりにも寂しいので追加した。強引に動機付けするとか就活生ならではのスキルってやつですわ。考える、考える。ぽむ。したら思いついた。「らき☆すた」を見よう! ナイス!
 というのもウチのサークル室にゃなんと、DVDプレイヤーがあるんですわ。だからゲオで「らき☆すた」借りて、そのままサークル室で見ようってわけ。これはいい動機付け。
 動機付けをしたら次は行動よ。僕は多少、先輩の指定した時刻には遅刻するんじゃね的な時刻に起床すると、ケッタこぎこぎ最寄駅まで頑張ります。ふうやっと着いた。着いたら自動改札に定期入れて通る。ガコン! ピンポン! ピンポン! Why? 改札ガコン閉まって止められましたわ。後ろのサラリーマン風の人が、権力によって止められた僕の背中にボスンとダイブしてきましたわ。あ、すぃぁせん。あれ、おっかしいなあ。などと独り言言いながらスゴスゴと僕は改札様の御前から下がります。そして「う~ん? う~ん?」などとさも不思議がってる風の声をあげたりします。この一連の独り言は周りに対する照れ隠しでもあります。よく、あるだろ。そういう光景。
 したら見事に定期が切れてたので憤慨した。しかもタイミングを計ったように昨日で切れちゃってたのでさらに憤慨した。何が切れるって、これで大学まで往復2000円強フラグが立っちゃったことですわ。高! 高すぎるよー! この「らき☆すた」は高すぎるよー。
 というわけで、高い料金払って電車乗り継いで行ったわけです。そんで途中の駅でゲオ寄ろうと思って、降りて「らき☆すた」借りようと思ったら重要なことに気がついた。駅出たらまた料金支払わなきゃならないじゃん。僕、駅出た。大学の最寄り駅違う。ゲオの駅。つい、定期持ってる体で降りてしまった。とんだドジっ子だ。
 しかもゲオ行ったら2本で840円とかワケの分からないこと言われた。高すぎる。ガンダムとか一本100円で借りれたのに。そういえばあのゲオ、昔からおかしかった気がする。やたら延滞料金とか取られた思い出がある。ひどいときは2本で3600円くらい取られたときあった。店員さんもびっくりしてた、そんな風景が脳内にダイレクトエントリーしてくる。は、ざまあねえ。自分のしでかした悪にびびってちゃあ世話無いぜゲオ様よー。と、僕は気色ばる。ケツの穴のちっちぇえゲオだぜ。と、僕は虚勢をはる。
 お前達、つまり読者様の言いたいことはよく分かるけど、察しろ。これは察する文章である。
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辞世のブログ更新 その1 By Y平

 まだ夏休みですよー僕。毎日何かしらやっております。バイト、読書、観劇、楽器、旅行、恋愛云々。自分で言うのもあれだけど、これは充実した休みっす。僕は輝いております。あ僕は輝いております。
 そんなゴールデンな僕をアピールしておいて次に言う言葉は「欝です……」の一言であります。今日家に帰ったらなんかこう、目の焦点は定まらないし、なんか足は痛いしで最低です。指もうまく動かなくなって最低です。現に今の文章打つのも必死です。例えば、頭が「文章」と打ちたいっつー指令出してんのに、ディスプレイには「ぶんよう」って字が何度も何度も浮かぶ。そのたびに僕はバックスペースキーを押そうとすると、指の下に滑り込んでくるのはエンターキー。いや、違う僕の指がエンターキーの上に滑り込んでいく。暴走。うまく動かない指。動けよ! 動いてくれよ! 泣き叫ぶは僕の心。
 ……ウェイト。これは、指のせい……か? この指のシャープかつ確実におかしな挙動。それはシンジやアスカが「動けよ!」と言ったところでうまく動くようなレベルではなく、もっとこう、体のうちの悪玉的パッションが僕の指令を阻止しているような、そんな感じがする。そこで脳内にカットインするは医療的な考察。まさか……脳的なものの血管的なものが破れたのではあるまいか。
 そう思うと、今までの人生でおかしな点が浮き出してくる。人と比べて呂律が回らない気がしてきた。「おはようございます」を言うときによく噛んでた思い出もチラホラよぎる。確定。絶対切れてる。絶対血管とか切れてる。数時間後僕はいびきをかきはじめ、そして突如として訪れるのは死とか言う恐ろしいやつ。時間がない。僕はなんとしてもこの辞世のブログを書き上げねばならぬ。先日追い詰められないとブログ更新できないっつー精神でもって、わざわざ漫画喫茶でブログ書いてた僕だけども、今度は最高に追い詰められた。死とかすごいのが追い詰めてきた。これで書かなきゃ嘘でしょ。だから今夜は僕が脳卒中で死ぬまで、更新を立て続けにやったろうと思います。昨日日記をサボった罰だとかそんなのじゃありません。大体僕は誰のために、どうして罰を受けなきゃいけないんだい? とりあえず今から死ぬまで書き続けます。
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ブログを書こう By Y平

 たいがい暇が出てきたのでブログを書こうと思うのですが、書けません。おやおや? これは、ブロガーにありがちなスランプアピールですかな。悲痛な面持ちで語るのは僕、Y平。
「読者さんに面白いものを提供しようと頑張ってるのですが、そうやって気負えば気負うほど、書けなくなるんです。どうにもなりません……少し休みを下さい」
それを取り巻くは、暖かい読者たちの声援また声援。「ゆっくり休んでください」「書きたいときに書けばいいんですよ」「ブログなんて気楽でいいんですよ。復活、待ってマスp( ^ 0 ^ )q」だなんていう砂糖みたいに甘い甘いお言葉たち。それを見て僕は涙涙の大感激。「みんな、ありがとう! 一回り大きくなって帰ってきマス! みんな大好きだ!」っていう茶番。学生ブログっていう狭い世界の茶番劇。
 そんな茶番はついぞなくて、原因としては最近のAVの充実具合ですなー。なんつーか趣向のあうAVをダウンロードしすぎた。
 こう、パソコンの前に座るとどうも急にね。あふれ出るパッションみたいのが沸いてきましてね。それが「ブログ書きたい!」っていう若々しいパッションならば問題ないんですが、どうも違う。たとえば「巨乳にうずまりたい!」とかそういう、ある意味若々しいパッションなのでタチが悪い。いや、逆に立ちがよすぎる。
 インターネットなんてもう、そりゃグーグル様のとこに「巨乳 窒息」なんてワード入れりゃ、即アダルトワールドのお出ましですからね。そのお手軽具合が僕の自制の念をぶち破る。
 確かに、「一発抜いてからじゃあ、もうブログ書く集中力なんて残るはずない。精子出す労力をなめちゃいけない。俺がもし鮭なら、精子出した瞬間力尽きるんだぞ。それほどの作業だ。我慢しろ、Y平。」だなんて、AVに凸しようとする僕を止める僕もいるんです。
 が、逆に「あえてAVを見てからの更新のほうが、苦しくて自分のためになったりしませんか? 集中力を欠いた状態でどれほど書けるか、みたいな。挑戦しましょうよ、Y平さん」だなんてチャレンジングなY平さんもいるのね。
 んで、僕はポジティブシンキングの就活生ってのもあって、リスクは少ないが成長の望めない前者より、成長重視の後者のほうへ突撃してしまうのも無理からぬ話ですわ。むしろ「俺はAVを見てからブログ更新するんだぞ!」だなんて誇らしい気持ちがある。なんかこう、ウェイトつけて試合にのぞむピッコロみたいな優越感がね、たまらないよね。
 そしたら案の定、放出後は抜け殻っす。つーか放出したあと、無意識に「死にてえー」とか言ってる自分がいて怖いです。駄目。このウェイト重すぎる。AV見たあとじゃブログなんて書きひん。ピッコロさん、このマント返します。
 つってもマントを頑なに渡そうとしない僕。なぜか。だってこのマント(杉山圭、春奈まい等)素敵すぎる。このマント破棄するなんて僕にはできない。マントをギュッと握り締め落涙する僕。「やっぱり、僕はAVが好きだ! ブログより!」と再認識、ぱっと輝く僕の顔。「やっと素直になったな」とニヤリとするピッコロさん。すると1回も2回も同じだろーっつーことで、「何回春菜まいで抜けるか選手権」が僕の部屋で勃発する。4回。昨日は4回だった。春奈まいの肉付きが相変わらず最高だ。はあはあと肩で息をする僕を見て、ピッコロさんはにこやかに語りかける――この人が笑うなんて珍しい。それほど僕にとっての4回はチャレンジングだった――「さあ、孫。今からブログを更新するぞ」は? 何を言ってるのかなこの緑の人は。
 ということで、最近は手抜きのラジオ更新が多くなっちゃったわけで。手抜き後の手抜きラジオですな。
 しかしまあ、こんな状況が長く続くのはよろしくない。もっとこう、文章を書いて生産性のあることをしたい。精子生産はもうウンザリだ。つことで、ハードディスクに春奈まいがおらず、かつAVがダウンロードしにくい環境に身を置こうと思い、今日は漫画喫茶に行ってきました。さあバリバリブログを更新しちゃうぞ!
 したら満喫に「らき☆すた」があったので狂喜乱舞した。すると「らき☆すたを見たあとでブログを更新したほうが、苦しくて自分のためになるんじゃない?」とチャレンジングな僕が囁いたので従ったら夜になった。やっぱりこっち側は居心地がよすぎる。ブログよりも。
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背伸び By Y平

 先日インターン終わってウキウキでおりましたら、友人から「飲もうぜ」と誘われたんす。まあなんせウキウキでしたからね。インターンの打ち上げっつーノリで、とにかく飲みまくってやろうじゃん。ってことで二つ返事で快諾。夜8時ごろにその友人と待ち合わせて飲みに行こうということに。
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 大学近くの大通り。その隅っこの一角で、僕は駐輪自転車の陰に隠れるような形で友人を待つ。牛丼屋から爽やかな顔をして出てくる体育会系の男子たち。手をつなぎながら、平和そうな笑顔で歩いて行くカップル。酔ってだみ声を張り上げる男、男を「ひゃはは」と甲高い笑い声ではやし立てるギャル達。行きかう車のライトが、ギラギラと人や店を赤や黄で照らし、夜だというのに街はどこか華やかだ。
 こんな中で一人、ポツリとしていると、なんだか惨めに思えてくるのだけれど、今日は違う。だってこれから飲むんだもん。僕にだって、この楽しそうな空気を享受する権利があるはずだ。いつもはガチで一人だけど、今日だけはそうなのだ。となぜか僕は誇らしげだった。
 遠くから見慣れた友人がやってくる。夏休み中に会う、久しぶりの友人はどこか不思議な気がする。懐かしさと、気恥ずかしさ。目に見えるわけではないが、お互いが成長しているような気がしたり。
 久しぶりの再開を喜んだ僕達は、早速夜の街へと繰り出した。今日はどこへ行こう? とりでんか、村さ来か? はたまた家飲みか? と友人に問いかけると、彼はハズカシそうに口を開いた。
「行きたいバーがあるんだけど……」
 バー!? BARっすか!? いやあ、BARは正直ちょっと……キャラじゃないっすよ。と答えるのは夏休み前の僕だ。今の僕は違う。いや、経験多き夏休みを経て、僕は少なからず変わったのだ、と思い込もうとしていた。言ってみれば、この提案は過去の自分からの挑戦。この提案を眉一つ動かすことなく賛同できれば、「自分は変わった」という命題を証明できるような気がした。誰に対して証明を? もちろん自分自身に対して。
 というわけで僕達はオシャレバーへと足を踏み入れた。カウンターしかない店内は、薄暗く、フローリングはくすんだ茶色をしていて味がある。カウンターの奥を覗き込むと、英字で書かれた強そうなお酒がズラリと並んでいるのが見える。ボトルの後ろからライトの光が当てられ、青や茶、緑など様々な色の光が溢れてくる。それらの色彩が混ざり合って、店内はなんとも言えない、ダークグリーンな光で包まれている。あちこちに置いてある、乳白色のガラス筒のようなものに、蝋燭の火がゆらめいているのもいい。
 客は密着しながら飲んでいるカップルが一組。二人とも、酒に酔ったというよりは、空気に酔ったような顔をし、とても幸せそうだ。バーテンは一人。自信に満ち溢れ、いかにもその道のプロのような手際でボトルを繰りつつカップルに話しかけている。静かな笑い声で店内が満ちる。
 僕らはノソノソと店内に入っていくと、所在なげな感じであたりを見回す。そして二人とも思った。「しまった、帰りたい」
 若かった。バーという所に踏み入れちゃう自分に幻想を抱いた。僕はバー的な人種ではなかった。というかこのバー、本気である。もっとワールドカップ期に時折テレビで見るような、粗野な感じのスポーツバーみたいなのを想像してたんだけど、こいつは本気だ。例えるなら、となりのカップルが島耕作とその愛人に見えそうな。もしくは藤子Aノリで一人、安いバーボンなどを飲んで愚痴っていたら、喪黒福造がポンと肩を叩き、どーん! つまりはそんな雰囲気のバーだ。これはキャラじゃない。明らかに僕達はこのバーの異物だ。
 しかし異物にも異物なりに守らねばならん領域がある。成長を臨む向上心がある。バー様にとっては陳腐であろうが、僕達にだってプライドがあるのだ。絶対に負けられない戦いが、そこにはある。しかし一体、戦いの相手は誰なの? もちろん「バーにいる自分自身」だ。
 とりあえずウォッカをストレートで注文、早々に飲み干した。気まずい人と飲んでるときに、早く酔っ払っちまおうってのはよく使う手だが、店自体が気まずくって飲むってのは中々珍しい。そんなのは2年前のクリスマス以来だ。カニ料理店を予約し、彼女とウキウキで入店したら、客がガチで僕らしかいなく、店員が「クリスマスに予約してまでカニって……」とヒソヒソ声で話してた店以来のことだ。そのときもシコタマ飲んだ。
 早く酔わねーかなー、だなんて暗黙のうちに二人で飲みまくってたら、状況はさらに悪くなった。というのも、レゲエとか言う形容詞のために存在してそうなイカツイ兄ちゃんが3人、ご来店なさった。言い忘れたが、店内は8畳くらいしかなく、席も10あるかないかである。当然のように、僕の横にレゲエ達が座る。太い腕、自信に満ち溢れた顔と言動。バーテンに親しげに話しかけている。
 「マジー東京はでっけえと思ったてー。東京のやつらにあって大分刺激されたし。俺らーのグループのバイブスも超上がったしー。やっぱ地方はダメっしょー?」
 バ、バイブス? えっと、何語なんすかそれ。バイブスってあれ、「ピューっと吹くジャガー」とかで、それっぽい用語として出してるだけの嘘言葉なんじゃないの? え、違う? ふぅん。そう使うのかバイブス。バイブス。バイブス。既に八方敵ばかり。前はバーテン、横はレゲエ。残されたのは出口だけ。空気が「帰れ」と僕らを脅す。
 しかしここで転機が訪れる。レゲエ仲間がもう一人いらっしゃった。が、先に来てたレゲエ3人と僕達2人で席が埋まっていたため、新レゲエは手持ち無沙汰に店内をうろつく。
ところが、僕らが一つずつずれて席を座れば、新レゲエは3人と合流できる席の配置だった。すると自然、「席をずれろ」という気運が高まってくる。僕はその気配を敏感に察知すると、
「ずれましょうか?」
とレゲエたちに声をかける。GJ自分。やはり僕は成長した。レゲエらが僕にお礼を言う。双方ともニコヤカに和む。バーテンも優しく微笑む。何だかこの瞬間「バーにいてもいいよチケット」を勝ち取ったような気がした。客同士の譲り合い。些細なコミュニケーションではある。が、その些細なコミュニケーションが、バーにいるという気負いを僕から取り去った。イケる。僕はバーに認められた。
 そんなことを思いながら席をずれようとしたら、自分のカバンをひっくり返し、ダララララーと床に持ち物が散乱したので死んだ。レゲエたちの足元に教科書やら、ルーズリーフやらがゴテゴテとぶちまけられた。よく見たら、ティッシュとかガムの銀紙だとかゴミまでぶちまけられてた。そういえば僕のカバンにはゴミが入りっぱなしだった気がする。
「すいません、すいません」
と床をはいつくばるのが僕で、それを見下ろしながら「何コイツ天パっちゃってるの」と思っているのがレゲエたちです。早く早くと焦れば焦るほどボロボロとゴミを落とし、もっともテンパッてる人らしい天パり具合を演出する演技派の僕。その瞬間、件のチケットは強奪された。横ではバーテンが、女の子にオシャレなインテリアを見せながら、「アートだよね」と悦に入った言葉を発している。何がアートだ。
……
 帰りに「らき☆すた」を借りて深夜に見た。やっぱ僕はこっち側だよなーと思った。こっちってどっちかは分からないけれども。
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