シャイアンのぶん殴っても内定でないよブログ その2 By Y平

~シャイアンのぶん殴っても内定でないよブログ~
その1
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駅を出たやや狭い商店街の路地に、赤々としたスポーツカーが止まる。
どこかの中華飯店のまとわりつくような油のニオイのなかで、
その深紅のスポーツカーが微妙にマッチしているように見えるのは、下品さからだろうか。
そしてまた、車上でやらしい笑みを浮かべているイヤに前髪の長い男も、
根っからに染みついた下品さがその油のニオイにフィットする。
花柄のシャツに、タイトなジーンズ。浅黒いサングラスが個々で下品さを増長してみせる。
髪が黒く、ピアスの穴が赤い点々になって塞がれていることが、
彼が就活中であるという体裁をかろうじて保っている。
「ツネオ……か?」
俺は車の上で、ヘラヘラとこちらを見ている男に喋りかけた。
「やあ、シャイアン! 元気ぃー?」
昔からツネオの喋り方が気に食わなかった。あいつの話し方は、
ときどき人を食ったような調子になることがある。
例えば俺がバカなことを言っちまったとき、
あいつは決まって「ウシャシャシャシャ」とどっかの大物漫画家特有の変な笑い声をあげた。
その度に、俺は「ドガア!」と意味不明な咆哮をあげ、ツネオをギタギタに殴ってやったものだ。
今も非常にむかついた――特に語尾が――のだが、
拳をぎゅっと握る以外俺にやれることはなかった。
人を殴るには、俺達は大人になりすぎた。
気がつくと、俺はツネオに家まで送ってもらうことになっていた。
ツネオは俺を助手席に乗せると、すばやく発進する。
人と自転車と、そしてゴミとが一体となった商店街を、
やや速いスピードでするすると通り抜けていく。
途中で乳母車を押すお婆さんにサイドミラーが当たりそうになったが、
ツネオは別段動揺している様子もない。抜き去ったお婆さんを見ると、
お婆さんもまたマイペースに乳母車を押している。
ツネオは薄ら笑いを浮かべながら、髪をそよがせ黙っている。俺はなんとなく落ち着かなかった。
「ツネオ、はええよ」
「だーいじょぶだいじょぶ、大したことないって」
俺はまた拳をぎゅうっと握った。
視界の開けた交差点に出る。あたりはすっかり真っ暗になっていて、
俺の目に、前方で信号待ちしている車の群れからライトが入ってくる。
ツネオはしばらく無言で前を向いていたが、
急に左折の方向指示器を出すと――俺の家は右だ――早口に喋った。
「ちょっとドライブしてこうか」
「遠慮しとく」と答えようとしたとき既に、ツネオの車は左折を始めていた。
俺は小さく吐息のような声を出すだけで、次の言葉がつなげられない。
ツネオは俺が喋り始めると思って少し黙るが、実際には俺は喋らなかった。
変な会話の間が、ギクシャクとしたムードを更にかきたてる。
しかしツネオは相変わらず薄ら笑いを浮かべ、気持ちよさそうに運転しているようだ。
何がなんだか分からなくなる。
「シャイアンさー」
来た。と思った。次に出る言葉は分かっている。
それは大学四年生である俺達が、もっとも会話を広げやすい話題。
腐るほど同じようなことを聞かされるが、不思議と皆はイキイキしたり、
あるいは「俺もやらねば」とモテベイティブになってみたりするあのテーマ。
どいつもこいつも一緒だ。ツネオの顔に少し真面目な雰囲気が漂う。
俺は先に聞かれるよりはむしろ、先手を打ったほうが得策だと思い、
ツネオの声に自分の声をかぶせる。
「お前、就活どう?」
刹那、ツネオの顔に少しだけ不快感が写ったが、すぐに消え、またニヤニヤしだす。
「いやあ、僕は全然だめだね」
謙遜があっても俺は油断しない。皆が皆で謙遜するくせに、
俺が弱音を吐くと全力で非難することを知っているからだ。
「私はあんたのために言ってるんだ、あんたは前を向いていかなきゃならないんだ。」
そんな言葉を顔中に塗りたくり、俺を全力で批判してくる同級生達。
しまいには、「お前はほんとダメなヤツだな……」と呆れた目で、
哀れな者を見るような目で俺を見下す同級生達。
そんな同級生達と同じ性質を、ツネオが持っていないとは限らない。
いやおそらくこういう人種は持っていることだろう。
人より上に立ちたがる心、人を見下す心。
「なーに言ってんだ。お前なんか親父さんのコネですぐに決まんだろ?」
できるだけ軽い調子でそう切り出す。俺は僻みの心を極力隠すようにして、
あえて快活にふるまう。俺の問いかけを受けても、相変わらずツネオの顔はヘラヘラしている。
「決まらないんだなこれが。就活舐めてたよ」
少しだけツネオの顔に影ができたように感じる。
「どうして? お前の親父、社長だろうが。親父さんに頼めば一発なんだろ?」
自分でも馬鹿なこと言ってるなと思う。俺はさらに拳を握り締める。
「そりゃあ、まあそうなんだけど」
「なんでえなんでえ! 会社でも潰れたのか? ハハハハハ」
ツネオは少しだけ噴出すると、スッと俺のほうに顔を向け、笑って見せた。
「まさか! パパの会社は潰れないよ」
「ならどうして」
ツネオはその問いかけに、一瞬逡巡の表情を浮かべたが、
すぐにまたヘラヘラしながら続ける。
「僕が……コネを使わないって決めたんだ」
ツネオは、少しだけ真面目くさってそういった。
だが、気取ってる風ではなく極めて自然体に真面目ぶって見せた。
「僕、さ。昔から裕福に……っつったら嫌味ったらしいけど、まあ実際そうだ。
裕福に育ってきちゃったから、全然苦労を知らなくて。
おまけに勉強もそんなにできるわけじゃないし、なんもいいとこないじゃん?」
ツネオがあまりにツネオらしくないことを喋るので、俺はあっけにとられていた。
何か返事をしなければとも思うが、もう少しツネオに喋らせてやることにした。
「大学に入って、色々勉強して……思ったんだ。僕って全然ダメだなって。ウヒヒヒ」
笑い方こそツネオのそれであったが、こんな弱気な……いや弱気ではないな、
現実的なツネオを見るのは初めてだった。
「研究室に入って、いろんな奴らと会って……あと、インターンもした。
世の中にはすごいやつがいっぱいいるなと思ったよ。
今の僕じゃあ、パパの会社に行ったってどうにもならないなあってさ」
調子よく走っている車の少し前方で、信号が赤に変わった。
少し強引なブレーキングで、二人の体はがくっと前に出る。
車が止まって、ツネオの声がよく聞こえるようになった。
「だから僕は、パパの会社以外でまずは就職しようと思ったんだ。
なあに、今の僕じゃあ失敗するけどさ。どんどん失敗してどんどん学んでいこうと思ったわけ。
ウヒヒ、といってもまだ内定は出てないんだけどね。
明日も面接、あさっても面接。エントリーシート書くの、
やったらうまくなっちゃってさ。ヒャハ」
信号機が青に変わる。スネオはちいさく「おっと」と声を出すと、
車は再びゆっくりと加速し始める。
俺は思考が止まっていた。既にツネオの声は耳に入ってるようで入っていなかった。
意味は理解できるが、それ以上に思考はどんどん停止しよう停止しようと努力しているように思えた。
ツネオがこんなことを考えているなんて、信じたくなかった。
「じゃあ、シャイアン。ここでいいかい?」
「ああ、ありがとう。助かったぜ」
ツネオは街路樹の下で車をゆっくりと止める。
俺はドアを下の縁石にすらないように注意を払いながら、ゆっくりとドアを開け車外へ出る。
「じゃあシャイアン。またね。」
「おお、今度はお互い内定が決まったときに会おうぜ」
「うん。でも僕、明日にでも決まっちゃうかもしれないよ?」
「ふふ、どーだかな」
「なんたって面接はハンサムのが有利」
「言ってろ、ばーか」
下品な笑い声をあげるとそのままツネオは荒々しくアクセルを踏み込み、
スポーツカーを発進させる。
ハザードを少し点けて俺に挨拶すると、そのまま夜の車の波に消えていった。
ツネオが行った先を見ると、信号機だとか、車の尾灯だとか、
光という光があちこちで夜を彩っているのが見える。
幻みたいにみんなぼやけているのが、けっこう綺麗だった。
ツネオはコネで楽に内定取るものだと思っていた。
なのに今のツネオは自分の力で就活し、そして未だに辛酸を舐め続けている。
秋採用ですら決まりだしているこの時期に、だ。
ツネオがコネを使って内定を取ったとしても、やはり俺としては腹が立つが、
逆に頑張っているツネオにも腹が立った。
落とされるという屈辱に耐え、自分を磨くために動いているツネオに腹が立つ。
ヤツらしくない。なんで人はそうまで変わろうとするんだ。
なんでそんなにみんな……大人なんだ。
俺は下を向きながら歩きだした。カバンがひどく重たかった。
~その3に続く~
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シャイアンのぶん殴っても内定でないよブログ その2 By Y平」への6件のフィードバック

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    リアルに凹みそうになる…

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    なんか、数ヶ月前の友達の心境みたい♪
    そんな心境の友達共を遠くでプププと笑っていたのは、どこかのGU○OLさんらしいよ。
    そんなGU○OLさんは、今ネガティブになってるらしいよ。
    他の友達共は就活が終わって遊び放題だって言うのにwwwww、ヌォォォwwwwww!!!

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    シャイアンだって八百屋を継がないで就職しようとしてるんだから偉いよって彼に伝えておいてください。

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    リアルに凹んでいる俺がいる。←26歳で学部卒・・・。
    でも、これが俺の生きる道だから、しゃーないんだけどねぇ。。。
    アハハッ・・・。でも、凹む。

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    これ、こないだまでの僕です!!!(涙)

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