札幌市東区の激辛ラーメンの鵬龍(ほうりゅう)

 我に七難八苦を与えたまえ。戦国時代の武将山中鹿之介の言葉だ。苦難は人を成長させる。ゆえに鹿之介は月に向かって「苦難よ来い! その苦難が俺を成長させるのだ!」とかなんとか一席ぶったらしい。日本人がいかにも好きそうな名言である。
 しかし思う。尼子家の家臣だった鹿之介は毛利元就にこっぴどくやられ、尼子家滅亡の憂き目に遭う。その後も尼子家再興のために苦心するが負け続け、最後には毛利家に討取られ非業の死を遂げる。まったく良いところのなかった後半生。鹿之介自身も、心の底では尼子家の再興が難しいものと感じていたのではないか。ゆえに苦難よ来い! と不遇の半生を送った自身を正当化するために「あえて苦労してるんだぞ感」を出そうとしたのではないか。心の底では負け戦だと分かっていても、それが自身を成長させる苦難だと思えば心が救われることもあっただろう。
 負け戦だと分かっていても望んで不遇に立ち向かう。そんなものに日本人は美徳を感じるのかもしれない。
 八月某日。涼しくて過ごしやすいことだけが取り柄の札幌で、最高気温34℃を記録した。猛暑日である。俺はベットの上で溶けていた。猛暑を想定していない札幌の賃貸住宅ではクーラーがついてないことがざらにある。俺のアパートも例外なくクーラーがついていなかった。暑い。死んでしまう。
 ぼーっとする頭で考える。ひとまず車でドライブすれば車内のクーラーで暑さがしのげる。俺は無目的で車に乗り込み、夏の暑い車道を南へと飛ばした。
 クーラーが徐々に効いてきたのか。車内の温度が下がるにつれ思考がクリアーになっていく。ふむ。暑いときには暑い風呂に限る。車は自然と蔵の湯へと向かう。なんかいっつも蔵の湯に行ってないか? 俺。
 温泉でさっぱりし、クーラーの効いた休憩所でダラダラする。クーラー、最、高。これないと生きていかれませんわまったく。俺は精一杯、蔵の湯の恩恵を享受した。
 夕方。心身ともにさっぱりした俺。日中の暑さは夕刻になっても残っている。保冷剤でも首に当てて寝るかと算段しながら車を飛ばしていると、視界のふちにとあるラーメン屋が入る。
14387758590.jpeg
 ラーメンの鵬龍(ほうりゅう)
 熱烈ホットサンドで紹介されていた激辛ラーメンの店である。サンドウィッチマンが大汗を書きながら激辛ラーメンを食していた。
 激辛ラーメン。
 ごくり。俺の気分は毛利元就に臨む山中鹿之介だった。このクソ暑い中、激辛ラーメンなんてとんでもない。より暑くなる事必至である。しかし。この完全なる負け戦。なぜか俺の心を動かすものがあった。むしろ負け戦なのがいい。我に七難八苦を与えたまえ。俺はそう唱えながら気づいたら店に入っていた。
14387758750.jpeg
 地獄の根性ラーメン。地獄の1丁目〜5丁目で辛さの段階を選べるらしい。「地獄の5丁目 とてもオススメできません 病院代は負担出来ません」の文字がメニュー上で踊る。不穏だ。だがこの不穏感。我に七難八苦を与えたまえ。俺の中の山中鹿之介が叫ぶ。これは負け戦。しかし負け戦と分かっていてもやらなきゃいけないときがある。我に七難八苦を与えたまえ。
14387758880.jpeg
 結論から言うと俺は逃げた。地獄の3丁目を頼んだ。ここは戦国時代じゃないし。わざわざ苦労するのもね。などと鹿之介が聞いたらガッカリするだろう言い訳を心の内でダラダラ述べ3丁目を食す。まあ3丁目言うても? こんなに赤くてカウンターの赤と同化しちゃってるじゃん? 美味しく食べられるレベルではないテイストの説明が書かれているし? この辺りで許してよ。ねえ、鹿之介ちゃんさあ。脳内鹿之介をなだめすかしつつ食す。ズルズルズル。
 辛いわ。
 メニュー表には3丁目の煽り文句として「えんま様もビックリ」と書いてある。そらビックリするわ。鼻水が出、汗がぶわっと吹き出す。舌はピリピリ痛み、美味いんだかマズいんだか分かったもんじゃない。ワカメが甘い。ワカメを甘く感じたのはこれが初めてである。逆にワカメが甘いってどんだけ辛いんですかこれ。
 クーラーのない店内で大汗をかき、げっそりとなりながら完食した。ただただ辛かった。これ、店長味見してないだろ。店内を見回すと5丁目を食した人の感想がビッシリとポストイットで貼られている。「手足がふるえ、胃の中が気持ち悪くなった」と犠牲者の叫びが溢れていた。食べたら手足が震えるラーメンて何だ。地獄や。ここは地獄や。これで3丁目だって? 冗談じゃない。
 とは言いつつも食した後の気分はなぜか晴れやかであった。600円。安いのもいい。あれほど3丁目に苦しんだと言うのに「次来たら4丁目行こうかな」と考えている自分がいた。我に七難八苦を与えたまえ。山中鹿之介の半生は苦労ばかりのものだったが、こうして地獄で負けた後だと、もしかして最後は晴れやかな気分で逝ったのやもしれん。クーラーの効いた車内でふと思い直した。山中鹿之介は負け続けたが、幸せだったと、俺は確信している。