札幌市中央区 自遊空間のPC

 人生は選択の連続である。シェイクスピアはこういった。人は日々選択にせまられている。進学・就職・恋愛・結婚。はたまた今日のおかずは何にしようといったものまで日々は小さな選択で満ち満ちている。俺は選択のときに立たされていた。
 久しぶりに北海道に来る友人と飲みに行く約束をしていた。夕方、ヒロシ前で待ち合わせのため午後に所用を済ませてそのまま飲み会になだれこもうと言う算段だったのだが、思いのほか早く用が済んでしまったため三時間ほどヒマになってしまった。
 午後の一番暑い時間帯。札幌と言えど真夏の暑さはくるものがある。大通公園でタバコを吸い吸い時間をつぶそうと思いベンチを探すがどこのベンチも満員御礼。中に入れる噴水には多くの子連れがキャッキャしており、水遊びで暑さをしのいでいる。俺も入りたいが、平日の午後、おっさんが噴水に入って遊んでいるとなれば世間の目は冷たい。
 暑い。どこか暑さをしのげてヒマをつぶせるところはないかしら。大通りから札幌駅方面に足を伸ばすとインターネットカフェ「自遊空間」が目に入る。インターネットをするのに金をかけるのもな……と少しためらったが、真夏のサンサンとした日差しが俺の足を自遊空間に向かわせた。
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 店内は暗く、大勢の男がたむろしているのであろう。野球部の部室の様な臭いがした。暗がりの中真昼間からブルーライトの明かりに照らされていると、とても不健康な感じがする。
 ちょっとした時間つぶしだ。漫画を読む気にもならないし、誰が触ったか分からないキーボードでスマホでもできるインターネットをするのも無為な感じがした。ので、2階のダーツ場へと赴く。
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 ダーツ場は俺独りだった。カウントアップでもするかと思い機器をセットアップする。しかしこれは罠、ダーツ矢がない。
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 どうやらダーツは貸し出し制らしく、いちいちカウンターでダーツを借りてこなければならないらしい。平日の昼間、ダーツに興じるおっさんに矢を貸し出す店員。その様を想像するだになにかそら恐ろしさを覚え、ダーツは断念。昔は同期と一緒に夜な夜なダーツをしてはウェーイなどとはしゃいでいたものだ。遠い過去。もう戻らないあのウェーイ感。
 おっさんはウェーイもせずにトイレに向かう。無性に悲しかった。なぜ俺は独りで大通りに出てきてしまったのか。
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 するとトイレの壁にドドンと貼り出しているのはエロ動画見放題のチラシだった。下の用を足しにきた男性にむかってこの広告。息子を手に見るこの広告は こうかは ばつぐん だ。悲しき30男。昼に街に出てきても居場所がなく、途方に暮れている俺を励ましてくれるのは「つぼみ」であり「紗倉まな」であった。
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 PCの個室に戻ると御丁寧にもティッシュが置いてある。かたわらにはゴツいヘッドホンだ。俺は想像する。この閉鎖空間の中で行き場をなくした30男が逝き場に望む姿を。周りを歩く客の足音におびえる俺を。そしてイカ臭い野球部の部室の様な臭いを。
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 最後にわざわざ清掃したことをアッピールする店員の姿を想像した。逝けなかった。超えちゃ逝けないナニかがそこにはあった。用済みの誰かさんのティッシュをしかめっ面で片付ける女性店員を想像して欲しい。用済みのティッシュを片付けていいのはせいぜいお母さんまでで十分だ。
 しかし。しかしだ。あるいは赤の他人にティッシュを片付けさせるその背徳感がより逝き場を盛り上げるのでは? 人生は選択の連続である。ここでする・しないも選択である。選択のときに立たされている、いや、勃たされていた。どちらが有意義な人生に寄与するか。このPCの前に座った幾多の男性、そしてそれを片付ける女性店員を脳裏によぎらせ、俺は悩んでいた。
 結局何もせぬまま3時間が経過した。第三の選択は「何もしない」であった。いや、「ナニもしない」のほうが正確か。だってもうネカフェでオナニーするおっさんって事案でしょ。監視カメラとかあってバッチリうつってたりしたらもう目も当てられないでしょ。もしこのネカフェでサイバー犯罪が起こったら警察の人監視カメラ確認するでしょ。そしたら俺の姿うつるでしょ。そしたら俺何も悪い事してないのに「うわぁ」ってなるでしょ。家でするよそしたら。俺の家のPCの中すごいよ。すごいものであふれてるよ。すわ、ここで。もし俺が悪い事をして捕まったら? そしたら俺のPCの中を警察にまさぐられて? 俺の性的指向が全国ニュースで配信されて? 「やっぱりやると思ってました」とかそういうのを俺の職場の女性などがインタビューを受けてたり? したら何もできないね。いや、ナニもできないね世の中。
 というわけで自遊空間のパソコンは女性は触らない方が良いよと言うお話でした。