バカマラソン3rd ~4日目 白川郷脱出~

「バカマラソン3rd 4日目 陸の孤島白川郷脱出」
33

合掌造り。
見知らぬ大学生によって車で救助された僕達は、深夜も深夜、白川の地に立っていた。
降ろしてもらったときに、「ほんとにここで大丈夫?」と心配されたが、やむなし。
バカマラソン失敗の罪悪感から、せめてあまり迷惑をかけずに終わりたい。
そんな気持ちで、白川は白川でも、何もないんじゃね?
みたいなところで降ろしてもらった。
ほんと大学生さんありがとう。あんなところで人を拾ってくれるなんて、神さまだ。
1万円ぐらいあげたい気持ちでいっぱいだった。
一万円あげるどころか最後に、空腹の僕達にじゃがりこをくださった。
いい人すぎ。じゃがりこ超うまい。
さて、白川についたものの、気温は氷点下5℃。交通機関の動きだす朝まで、
なんとか待たなければならない。
とりあえず、夜も深かったが、近くの旅館に入り、
泊めてくれるよう交渉してみる。
「モウシワケアリマセン、ジカンガイデス。マタオコシクダサイ」
旅館の兄ちゃんは、いかにも「マニュアルどおりです」みたいな口調で
ワザとらしく断った。
例外を認めるわけにはいかない、泊めたいけど泊められない。
悲しいけど、これ、マニュアルなのよね。
みたいなことを暗に表すつもりだったんだろうし、僕らもそれは分かっていた。
しかし微妙にニヤニヤしてたのがかなり腹立たしかった。
たいしが「僕ら走ってきたんですけど……なんとか! なんとか!」
みたいにかなり粘ったが、相変わらずマニュアル野郎は
「モウシワケアリマセン」を繰り返すばかりだった。永遠にマニュアルどおり生きるがいい。
半ば死んでいる足で、とぼとぼと歩いていると、公衆トイレが見えてきた。
その公衆トイレはわりとキレイで、建物内に設置されているため暖かそう。
今後の方針を決めるために、そのトイレでしばらく休むことに。
小便器の前で座り込む二人。たいしは相当疲れているらしく、
「ここで寝る」とか言いだし壁を背もたれにして横になった。こいつすげえ。
そんなたいしを見ながら、しばし呆然としていると、「君も寝ろよ」と言われる。
……やはり抵抗があった。この前見た「幸せのちから」という映画で、
トイレで寝るシーンがあったが、まさか自分がその立場に立とうとは……
腐っても白川だ。世界遺産だ。諦めるのはまだ早い、何かあるはずと思い、
たいしをトイレに残し一人で白川を歩いてみることにした。
ラブホテル、漫画喫茶、カラオケ……泊まれそうなところなら何でもよかった。
するとしばらく歩くと、はるか向こうに「タイムリー」の看板が見えたのだ。
コンビニが……コンビニがあった! 実に30キロぶりぐらいのコンビニである。
僕は痛がる膝を無視して走った。まだ走れたことに若干驚愕したが、
今は目の前にあるコンビニのことだけを考えて走った。
コンビニはやはり最高だった。暖かいし、食料はたくさんあるしいいとこ尽くめであった。
思えばこのバカマラソンは、コンビニなくして成立しない旅だったなあ……
なんて感傷にふけりながら、カップラーメンをすする。暖かい。
少し休んだ後、帰りのルートを決めるため、店員のおじいちゃんに道を聞いてみた。
「あのー、すんません。郡上八幡に行きたいんですけどお。
 こっからどうやって行けばいいですかね。バスとか電車とかってあります?」
「ああ~……そうだねえ。郡上八幡はねえ~。こっからだとバスも電車も出てないねえ」
愕然とした。おじいちゃん曰くこういうことらしい。(図参照)
陸の孤島

白川から出ているバスは、すべて石川県と高山方面にしか行かないらしく、
JRの駅がある郡上八幡までの交通手段は皆無。
高山には同じくJRの駅があり、そこから名古屋に帰ることも可能なのだが、
あいにく高山に行く道は通行止めになっているらしく、高山にも行けない。
行きはよいよい帰りは怖い。トルネコ1でよく耳にしたワードが思い出された。
なぜ? 行きは歩いて来れたのに、帰り道が用意されてないってどういうこと?
あまりに理不尽な白川のやり口に、再び泣きそうになった。またあの道を歩いて帰れと……?
Be cool自分。まだタクシーがある。タクシーで郡上八幡、
いや、悪くても白鳥のスキー場まで戻れれば、バスがある。
そこから乗り継いで行けば名古屋に帰れるじゃないか。
おじいちゃんに、タクシー会社のTELを教えてもらい、
交渉上手のたいしをトイレから呼び寄せる。
たいしは暖かいコンビニに感動しながら、
タクシー会社に電話、朝に一台まわしてくれるよう頼む。
そして即、断られた。
ありえなかった。たいしが白鳥方面に行きたいと言った瞬間、
めちゃめちゃに断られた。要約するとこんな感じ。
「明日もあさっても予約でいっぱいだから無理」
んなことあるかいボケ! こんな閑散としたところで、
タクシーがそんなに繁盛するかいカスボケ!
お宅のタクシー会社はタクシーが2台くらいしかないのかなああああ!?
いっそ素直に白鳥方面にはタクシー出したくないって言えやああああ!
ってなわけで、白川郷で完全に孤立しました。泣ける。
仕方がないので、おじいちゃん店員には悪いが、コンビニで一夜を明かすことに。
コンビニで時間を稼ぎ、朝方、ヒッチハイクで
白鳥方面まで向かうしか方法は残されていなかった。
というわけで、立ち読み開始。時刻は深夜の2時。
朝が来るまで「あなたの知らない世界 ~囚人の知られざる性活~」
だとか何とか言う漫画を立ち読みすることに決めた。
男の囚人が、看守に掘られてた。興奮はしなかった。
ガクン! 眠すぎてふらつく。座り読みを始める。ガクン!
寝る、寝てしまう。こんなところで寝たら、おじいちゃん店員の機嫌を損ね、
追い出されてしまうかもしれない。
僕はおもむろにその週発売のジャンプと、カップヌードルを購入。
氷点下5℃の外へ出、ベンチでカップラーメンをすすりながらジャンプを読んだ
(まさか白川でジャンプを読むとは!)。
カイロも全身に貼った。寒さ対策は完璧、このまま朝までジャンプを読み続ける計画だ。
だいたいネウロを読んでたあたりで意識が飛んだ。何分たったか分からないが、
ものすごい寒気で再び意識がよみがえった。まずい。死んでしまう。
いったんコンビニに戻り、冷えた体を温める。
たいしが立ち読みしていたので話しかけると、妙にイキイキした口調でこういった。
「トイレ、寝れるよ。」
聞くと、たいし君。1時間ばかり洋式便所で座って寝ていたらしい。
いよいよ僕らのゴミぶりも加速してきました。おじいちゃんにすごい驚かれたとか。
たいしが寝たと聞くと、俄然僕も寝たくなってきた。トイレじゃなくて外で。横になって。
寝れる、ような気がした。心頭滅却すればなんとやら、
僕は再び外のベンチに戻ると、その上に寝袋をしく。
氷点下5℃の世界で僕は自然との対決を試みた。絶対朝まで寝てやるかんね! 生きて!
かくして僕は熟睡することができた。いや、寝れる確証はあった。
カイロを冷えやすい部分に的確に張ったことも功をそうしたのだろう。
しかしそれ以上に、ベンチという地面から離れた場所で寝られたのがよかった。
もしアスファルトに直接寝袋をしいていたら、熱力学の法則により
地面にぐんぐん体温を吸い取られ、地面と熱平衡状態、
すなわち凍死という結末が待っていたことだろう(前回バカマラソンでそれで死にかけた)。
たった30センチ地面から浮いているだけで、生死の境を分けることになる。
なかなか感動的である。
声を大にして言おう、氷点下でもベンチなら寝れる!
おじいちゃん店員が、外で寝る僕を見てしばらく唖然としていたらしいが、
そんなことはどうでもいい。朝方、たいしに叩き起こされ、
白鳥方面に向かう道路でヒッチハイクを開始する。ちなみにこのときたいしに、
「君、5歳くらい老けたな」
などと言われたが、僕もそうだろうなと思った。
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写真に写ってるモヤみたいなのは霧です。第三者的な何かではありません。そう信じたいし、そうなのです。
しばらくヒッチハイクをしたが、まだ夜も白んでいない時刻4時半。
車どおりが少ない上に、こんな怪しい二人を拾ってくれるもの好きなんていません。
どんどん無視される。
ひどいのになると、徐行して僕らの顔をちらりと一瞥、
急発進だなんていうファッキンな野郎まで現れる始末。
あれか、女子大生なら乗せたか。女子大生なら。
さっきの大学生がいかに奇跡的かがシミジミ分かってきた。
警察が通りかかって保護されるのを待つしかないのかなあ、なんて諦めてたら、
わりとためらいもなく乗用車が停まった。
「どうしましたあ?」
岐阜県は多治見市にお住まいの田中(仮名)さんであった。
僕らは田中さんに経緯を話すと、田中さんはニコニコしながら車に乗せてくれた。
助かったのだ。
田中さんは一見、イカツイ兄ちゃんだったのだが、
僕らの話でおおいに盛り上がってくれ、車中は非常に和気藹々としたムードとなった。
おまけにJRの駅まで60キロほど送ってくれた。
田中さんが車でビュンビュン来た道を戻っていく様は、
さながらエンドロールのようで僕らは無意味に感動した。
そして思った。車ってはええなって。
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近隣住民に聞き込みしてまで、駅まで送ってくれた田中さんに無常の感謝の念を抱きつつ、
僕らはついにバカマラソンを終えることができた。
大学生、田中さん。そしておじいちゃん店員。様々な親切に支えられ、
僕らはなんとか生きて帰ることができた。
んな大げさな、と思う人もいるかもしれませんが、一度やってみてください。
いや、マラソンはしなくていい。せめて僕達が体験した、白川まで残り25キロの闇道。
それだけでも体験するに値するアトラクションです。どんなお化け屋敷よりも怖い。
車で156号線、御母衣湖のPAまで行き、そっから徒歩で白川を目指すだけでいい。
霊感の強い人、怖いのがダメな人は、必ず闇道で絶望を味わうことになります。
是非、一度行ってみてください。なにがあっても責任は持ちません。
あ、車にはねられそうになるので、明るめの服でいどんだほうがいいっすよ☆
それでは長くなったこのシリーズも完結です。
最後まで読んでくれた方はありがとう。僕のくるぶしは治りましたが、
たいしは未だに膝が痛いそうです。笑えますね。
(終)
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バカマラソン3rd ~3日目後半~

「岐阜県白鳥 ~ 白川郷」
大日岳

道の駅「大日岳」でたっぷり2時間ほど休むと、再び僕らは歩き出した。
大休憩だったにも関わらず、たいしの爆弾傷は今だ健在で、
もうこのマラソン中に治ることはないように思われた。
こうして徐々に爆弾傷を作っていき、最終的には歩けなくなるのだろうか。白川の山中で……
気づいたら、僕も右くるぶしに爆弾ができていた。痛い。
しかし、なるべく普段どおり歩かねばならない。爆弾をかばおうとすると
別のところに爆弾ができるのだ。
現に爆弾傷をかばい続けたたいしは、既に左ひざ裏と右足に重大な爆弾を抱えている。
僕はむしろ右くるぶしを痛めつける形で、例の脳内麻酔を出すよう努めた。
源流

少し坂道を登ると、平然と「長良川水系源流」みたいな看板が現れた。
観光客であれば、「おおー」っと言ったところであろうが、僕らからするとゲッソリである。
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長い坂道を下ると、岐阜バスが通りかかった。
例外なく死人のように歩く僕らを見てびびっていくが、
岐阜バスが通っているということは心強かった。いつでもギブアップできる。
そう思うと元気も出た。
少し

するとここで更に朗報が訪れた。「白川まであと41キロ」ついに射程圏内(フルマラソンの範囲)である。これはもしかすると行けるかもしれない。僕らは一様に元気づき、小粋なトークも復活する。イケる。泣きそう。
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スキー場を横目に、僕らは確かな足取りで進んでいく。雪が少ないスキー場で、
無理やり滑っているスキー客をバカにしつつ、進んでいく。
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しばらく歩くとあっという間に夜になり、山道は露骨に激しさを増していく。
道路はクスリがまかれているらしく、雪があまり積もっていないが、
横を見るとすでに30~40センチの積雪模様を見せている。
歩道は狭く、ますます歩行者は歩きにくくなる。
こんなとこ、人なんか通らねえだろと思っていると、
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突如現れるスクールゾーンの看板。スクールゾーンだなんて岐阜県はよく言えたものだ。
更に歩くと、
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暗闇に聳え立つ「荘川 であいの森」。一体何にであおうというのか。
そんなアトラクション満載の山道を歩きつつ、次に目指すは「道の駅 荘川」。
ここで長期休憩をとり、残りの道のりを夜通しで歩き続ける作戦だ。
幸い、その道の駅には温泉もある。おそらく暖かい食事もある。
丁度ぼくらの食料もチョコレートや餅などの非常食のみとなってしまったので、
タイミングがいい。そのような完璧なプランを立てていた。そう、完璧だった。
僕らは「道の駅2キロ」という看板を信じて歩き出した。
あと2キロなんてコンビニ行くようなもんだ。はは。なんだか嫌な予感が……デジャブ。
やはり行けども行けども道の駅は見えてこなかった。
二人はあえて何も語らなかった。語らず、ただモクモクと、
ボロボロの足を押してものすごい早さで歩いていった。ただ道の駅に着きたい一心で。
30分歩いた。まだ見えてこない。ここでようやく
「2キロとか……また嘘つきやがった」
「また直線距離で測ってんだろな」
だなんて冗談交じりに口を開いた。そうだ。ちょっとした間違いだ。
1時間歩いた。山道を歩き続けて大分時間がたつ。
二人とも「いくらなんでも、遠すぎだろ」と思っていたが、疲れるので言わなかった。
おそらく遠くにうっすら見える光が道の駅なんだ、と思い続けることで歩いた。
1時間半歩いた。外灯がほとんどない。びっくりするほど暗い。異常に寒い。
二人はだんだん悟り始める。
2時間歩いた。ついに道の駅はなかった。
かわりにものすごい暗いところにひっそりと、
自販機だけが置いてある御母衣湖のPAがあった。
そして反対車線側にある看板を見たらどえらいことが書いてあった。
「道の駅 9キロ」
はじめ見たときは意味が分からなかった。
僕らは「道の駅 2キロ」という看板を見て2時間歩いてきたのに、
反対車線の看板には「道の駅 9キロ」。遠ざかっている。なぜか。
通り過ぎた。僕らは最後の休息ポイントを通り過ぎた。
あとで聞いた話だが、道の駅は少しだけ道からそれたところにあったらしく、
僕らはそれに気づかず通り過ぎてしまった。
疲労もピーク、食料も少ない、なのに通り過ぎた。
滋賀県マラソン行ったときとは、次元が違うレベルで「死ぬかもしれない」と思った。
温度計があったので見たら、氷点下3℃だった。
残り白川郷まで25キロ、死にたくなければ歩くしかない。
156号線、白川郷まで25キロ付近の山道は、明らかに歩行者が通ってはいけない道であった。
通るのは長距離トラックか、石川県に抜ける旅行客の車のみ(それにしても数は少ないが)。
歩行者などいるはずもなかった。
外灯が500メートルに一つ、悪いところになると
見渡す限り四方八方外灯がないような地点もあった。
いい。100歩譲って道が暗いのはいい。
月明かりと、雪があるおかげで幾分か視界は効くからいい。
問題は道以外に、様々なアトラクションがあることだった。
まずトンネルが問題だった。照明が異常に少ないトンネルが多数あった。
しかも当然のように歩行者の通る仕様にはなっていないので、歩道はほとんどない。
整備が行き届いていないのか、トンネルの壁は、
鍾乳洞のようにグチュグチュになっていて、ところどころで雪解け水が滴る音が、
ポチョン、ポチョン。
時刻はとうに深夜。勝手の分からない山道で、
闇に満ちたグチュグチュのトンネルを通る恐怖が分かるだろうか。
それが一つぐらいならいいかもしれぬ。いい肝試しだったねで済むかもしれぬ。
しかし25キロのうちにそんなトンネルが何度続くと思う。4個や5個じゃ済まされない、
挙句の果てにトンネル長が1キロを超えるようなものまで出てくるのだ。
そして一番難関だったのが、この雪避けである。
雪避け

これは外が見える分、昼間であれば何も怖くないスポットであるが、
これが夜になると一変する。
雪避けの一番の難点は、内部にライトがないことと、
月明かりが遮断されてしまう点にある。
申し訳程度に開いている隙間からしか、光が得られないのである。
するとどうなるか。ただでさえ外灯の少なすぎる山道。
雪避けの内部での僕らの視界はどうなるか。
誇張を交えず、そのときの僕らの視界をペイントで描くとこんな感じだ。
闇視界

誇張ではない。本当だ。ほぼ完全なる闇なのだ。
僕らはここを、ほんのわずかばかり漏れている光をたよりに、
自分が道のどの部分を歩いているか察知
(それは見えるというよりももっと次元の低い、感じるというレベルで)、
まっすぐ歩いていくのである。
この雪避けがトンネル以上にものすごい数、配置してあり、
かつ一つ一つの距離はおよそ200メートル以上、
長いのだと15分くらい続くような雪避け道もあった。
完全なる闇の道を10分も15分も歩く恐怖は、並大抵ではない。
都市部のお化け屋敷の一アトラクションとしての「闇道」ならばいいかもしれない。
しかしここは白川郷に達そうかという深い深い山道。
そんなところで「闇道」を通らねばならない恐怖は筆舌に尽くしがたい。
闇道を通っている間は気が気でない。どこからか僕らを撫で付けてくる風が、
霊的なモノを連想させる。横を見ても、いるはずの相方は見えず、息遣いが聞こえるのみ。
そのうち僕の横にいるのは、本当にたいしなのだろうか? そんな疑念さえわいてしまう。
「おい、たいし。」
「ちょ、お前、喋れよ」
「おい!」
「やめて、ちょっと。返事しろよ、たいし!」(非常に死亡フラグの立ちそうな台詞)
雪避け道であえて黙るたいしは、それでも少しは余裕があったのだろうか?
あれは本当にやめて欲しかった。
そんなわけで、トンネルand雪避けコンボは僕らの恐怖心をおおいにあおった。
僕らは雪避け道を歩くときは、なるべく喋って恐怖をまぎらわすことに努めた
(時折作為的にだまるたいしに辟易したが)。
そしてなぜかその闇道であがる話題はジャンプ漫画に関してであり、
特に「富樫と鳥山明の類似点」というわけの分からないテーマで盛り上がった。
無論、盛り上がったと言っても、盛り上がったふりである。
「俺達はぜんぜん怖がってない」アピールを僕ら以外の第三者的何かに送り続けた。
話が途切れそうになっても強引に話を続けた。
ついには「純情パイン」の話題まで出す必死っぷりであった。
そして、さあ光が見えてきた。これで長い雪避け道も終わりだなと思うと、
そのままグチュグチュトンネルに入る。絶望である。
そうこうしてる内に、精神的限界よりも先に肉体的限界が訪れた。
「ヒグッつ」
たいしが悲痛な叫び声をあげた。2回目の爆弾炸裂、今度は左ひざ裏爆弾が爆発した。
左足首爆弾とあわせ技一本、これでたいしの左足はほとんど使い物にならなくなった。
右足と、膝が曲がらない左足でバヒンバヒン歩くたいしはわりと限界であった。
そしてそのまましばらく歩いていると、
たいしが突然「アグゥ」と悲鳴をあげて立ち止まった。
振り返ると、苦痛に顔をゆがめたたいしがうずくまり、小さく
「いいよ……行けよ」
と呻く。限界っぽい。
長距離輸送のトラックが後ろからやってくる。そして僕らを見て、
ものすごいハンドルさばきで驚いて逃げていく。
前から来た軽自動車が、僕らを見てかなり驚き、徐行した。
そして何度か発進、停止、徐行を繰り返した。
おそらく今頃車内では「乗せてあげようよ」「だめだ、あれは幽霊」
「でももしかしたら……」「ぜってえ幽霊!」だなんていう
カップルの会話が繰り広げられているのだろう。
そして結局、軽自動車は急発進して闇の果てに消えた。カス野郎。
通りがかりの車にとって、間違いなく僕たちは怖い存在である。
第三者的存在にまちがえられてもおかしくない。怖いのは分かる。
だが勘違いするな。一番怖いのは僕達だ。
何度も雪避け道を通らされ、何度も気色悪いトンネルを通っているうちに、
本当に泣きたくなってきた。
闇の道を歩いているとき、歩いているのに進んでいないような感覚に襲われたり、
たいしの気配がまるきり感じられなくなったりして、どうにも精神が衰弱してきた。
一体何時間こうして歩けばいいのだ。ゴールはいつ見えてくる?
いや、ゴールなんか着かなくてもいい。せめて光のあるところに、
氷点下じゃないところに……
僕らの25キロ耐久肝試しはいっこう終わりを見せない。
比較的整備された1キロトンネルが現れた。ここは他のトンネルに比べれば、
グチュグチュになっておらず、ライトの数も多い。歩道もあって歩きやすい。
しかし場所が場所だけに早く抜けたいという気持ちは変わらない。
足をひきずりながらも必死に歩き、500メートルをすぎたところで、
車の待避所が現れた。そこでたいしが口を開く。
「休憩しようぜ」
僕達は、山道のトンネル500メートルの地点で腰を下ろし、休憩することにした。
正直に言って、僕は休憩などせず早くこのトンネルを抜け出したかった。
こんなところに長時間おったのでは、第三者的何かが黙っちゃいない。
憑かれてしまう。
そんなことを思い、いつ奴らが現れても逃げ出せるように、かなり周囲を警戒していた。
そんな僕を尻目にたいしくん、何食わぬ顔で物申す。
「ここ暖かい。寝れる」
寝れない。絶対寝てはいけない。こんな第三者的場所で寝てはいけない。
こんなところで寝るぐらいなら、氷点下の世界で寝るほうがずっとマシである。
しかしたいし君はそれほどまでに疲労していた。
もちろん、僕もボロボロである。右くるぶしが非常に痛み、
おまけに食料が足りず空腹になっていた。それでもここには居たくない。
僕の半ば懇願じみた要請で、15分ほどでたいしは出発してくれた。
途中、トラックの運ちゃんが、トンネル内を歩く僕らを見て声をかけてきた。
すげえ、全然怖くないんだろうか。
トンネルを抜けてしばらくすると、またしても雪避け道に入り、まっくらになった。
怖すぎて、僕はたいしと手をつなぎたい願望に駆られた。よほどである。
ものすごい長い間、文字通りの真っ暗闇を歩いていると、本当に感覚がおかしくなってくる。
風が僕の体をなでつける感覚が、何か、人の手にさわられているような感覚に感ぜられる。
頬を生暖かい、手みたいのがなでていく。
僕が叫んだ瞬間、何かこう、魂を持ってかれそうな雰囲気がしたので、叫ばなかった。
たいしも横にいる気がしない。
僕は体を硬くして、ただ前にむかって歩いた。行けども行けども光は見えてこず、
泣きたくなった。むしろ泣いた。たいしには言ってないが僕はあのとき泣いていた。
遠くなつかしい故郷を思いながら、帰りたい。という気持ち一つで泣いていた。
発狂する人の気持ちが分かるかもしれない、と思い始めたところで
ようやく雪避け道を抜けた。横にいると思っていたたいしが、
後ろにいたのでびびった。いつから後ろへ。
たいしが「寒い寒い」とガタガタ震えだしたので、
僕は持ってきた張るタイプのカイロをたいしにあげた。
カイロを衣服に張るためにしばし止まっていると、
後方から乗用車がやってきて、ためらいもなく僕らの横に停まった。
中にはファッショナブルな出で立ちの大学生らしき男が二人乗っている。
男が僕らに向かって開口一番、こう言った。
「乗って行きます?」
かくして、僕達は白川郷、残り20キロの地点であえなくギブアップとなった。
車に乗せてもらうとき、ほんのわずかばかり
「ここでギブアップしてどうするだ?」
みたいなブログ的自分が現れたりしたのだけれど、それはすぐに消えた。
軟弱。今となっては軟弱だな、と思えるのだけれど、
もう一度あの状況に立たされたとして、再び車が現れたら僕は断ることができるだろうか?
やはり、何度挑戦しても僕は車に乗ると思うのだ。
見栄や虚勢、矜持、全てをかなぐり捨てて、それでも乗りたいと思うのが僕なのだ。
しかし一番の敗因はやはり、夜にあの山道に不用意に突入してしまったことだ。
懐中電灯さえあればもしかしたら……
と過去を振り返るのは、僕らを乗せてくれた大学生たちが、
たいしと同じ大学の、しかもたいしの同級生だったという偶然ぐらい、
振り返るに値しない些事であると、僕は思う。
僕達は、負けました。
三日目: 走行(歩行?)距離 80キロ 白川郷まで残り 20キロ
総走行距離 180キロ

記録:
白川郷まで残り20キロの地点で、たいしと同じ大学の大学生に救助される。

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後半

バカマラソン3rd ~3日目前半~

「岐阜県 郡上八幡 ~ 白鳥高原」
23

3日目。温泉宿で鋭気を養った僕たちは、深夜0時に郡上八幡を出発した。
残り100キロということを考慮に入れた、決死の強行軍だ。
24

気温は氷点下2℃。野宿は許されない気温の中、郡上八幡の山をかけるのは全身真っ黒な二人。
車にはねられかねないので、一応、リュックの後ろに黄色いタオルをくくりつけておいた。
これで後方の車が僕らを見落とす確率が減る。
走り始めると、やはり温泉が相当効いたのか、足がものすごく軽い。
これで残り100キロ一気に駆け抜けられる……! と思い、走りのピッチをあげたら、
急に膝の骨がびりりと痛んだので諦めた。
たいしも「足首に爆弾できた」などと、怖いこと言ってる。
所詮は温泉、筋肉痛は直せても、数時間でいたんだ骨を直すのは無理だったようだ。
しかしここで気づいたことがある。僕らの走りは、
早歩きの速度とあまり大差がないと言うことだ。
走りだと時速6~7キロ、しかし早歩きでも時速5.5キロほどは出ていることが判明した。
「ほら、歩きって超早いじゃん!」
「うわ、マジ! 膝も全然痛まないし!」
「歩きすげえ!」
深夜の郡上八幡で「歩きすげえ! 歩きすげえ!」とはしゃぐ僕達は
相当終わってたのだろうけど、僕達にはその発見がアメリカ大陸発見を
思わせるような大発見であった。
なのでこっからは膝の負担が少ない早歩きで行くことにした。
バカマラソンではなくバカ競歩になってしまった。
深夜の山道をもくもくと歩いていく。近くを川が流れているのか、
水の音がサワサワと空間を満たす。二人は勢いよく、道中を進んでいく。
歩きといってもわりと早い。スタミナの消費も走りに比べれば段違いに少ない。
「でも疲れることは疲れるね」
歩こうが走ろうが疲れるもんは疲れる。やはりバカ競歩と言えど甘くはない。
しばらく歩いていると、信号が見えてきた。そこで信号待ちをしている軽自動車が一台、
ドライバーは雰囲気的に女性っぽい。
まあ僕らはそんなこと気にも留めず、その車の横を通り過ぎようとした。したら、
ガチャ!
車から鍵を閉める音がしたのな。いや、思わずその車を振り返った。
まあ言いたいことは分かるよ。「不審者にレイプされたら大変!」ってなもんだろうよ。
いや、あの、あ? なあ、ふざけんなよねーちゃんよ。
こちとら100キロ近く徒歩できとんじゃ。
縁石をまたぐのですら激痛が走るような体になっとる。そんな元気あるかボケェ。
まあ僕がドライバーだったとしても同じことするけど、それほど僕らは不審者だった。
なんか切なかった。
ライトアップされた郡上八幡城が山中に浮かんでいるのを横目に、
さらにグングン歩いた。
青看板が「白鳥まであと23キロ」だなんて嫌な情報をいちいち報告してくるのだけれど、
距離について言及すると疲れるので、二人はだまって歩いた。
明け方にさしかかったあたりで、サークルKが見えてきた。
出発してから5時間歩き、ようやく白鳥近くまで来たようだ。
しかしそれと同時に僕らの疲労はわりと尋常じゃないくらいになっており、
一度サークルKにて大休憩をとろうということになった。
まさにそのときである。
「ヒグっつ」
たいしが悲鳴をあげた。たいしの足首の爆弾がついに爆発したのだ。
「やあ~……これは不味いよ、はは。」
笑ってはいるが、たいしの爆弾傷が尋常ではないことは分かっていた。
左足をひきずりつつ歩くたいしを見て、
「白川まで行く」という希望はほとんどなくなったように思えた。
サークルKで休んだところで、たいしの爆弾傷が癒えることはなかった。
たいしは左足をひきずりながらバヒンバヒンとか音がなりそうな歩き方で歩いた。
相当痛いのか、妙な歌まで歌いだした。
「リズムに乗ればあ~~痛くない、痛くない♪ ズンズンズンズンスンスンスン♪」
なんか歌い方が気持ち悪くてかなり笑えた。しかし、それは真理でもあった。
僕らの足は、歩き始めこそ痛いものの、
強引に歩き続けていると段々感覚が麻痺してきて、痛みが軽減されていく。
リズムに乗ればあとは無感。ひたすら痛めつけて、足をマヒさせる。
それが後半戦を歩く上で必要なテクニックだった。
「リズムに乗れば……痛くない♪ リズム、スンスン♪」
たいしは相変わらず神尾みたいなこと言いながら歩き続けた。
正直頑張ってたと思う。でも僕はそんなたいしに向かって
「岐阜バスがあるから、もう帰れよ。あとは一人で行くから」
なんてわりと本気で言っちゃったことを今更ながら後悔している。
しかしたいしは歩いた。
25

そしてついに、白川郷68キロという青看板を発見。
ここへきてやっと白川という地名を見ることができた。
これで俄然僕らの士気はあがった。つーかもう既に着いた気でいた。
確かこの辺で僕は「白川着いたら泣く」みたいな宣言を出してたと思う。
あと68キロもあんのに。
27

夜が完全に明けると、脇の田んぼに雪が見えた。
むしろ今まで雪がなかったことが不思議なくらいだが、
更に道が困難になってくることは間違いなかった。あと68キロもあんのに。
36

山道に差し掛かるのにそれほど時間はかからなかった。
山道から見る風景はまさに絶景で、
ラストサムライに出てきた村落を思い出させるような景色であった。
むしろ白川行かなくてもその辺に合掌造りあんじゃねーかなってぐらいの風情。
ここで合掌造りの写真撮れれば帰れるんだけど……
などと卑怯くさいことを考えたが、やはり合掌造りはなかった。
37

行けども行けども坂道。遠くを見通す限り延々と坂道が続く感覚、分かるだろうか。
その絶望具合が。
38

写真は「ダイナランドスキー場まで3キロ」の看板。
スキー場があるところまで来てしまった。
そうこうしていると、2キロ先に「大日岳」という道の駅があるとの
青看板情報をゲット。2キロ先、今の僕らにとっては
「ちょっと近くのコンビニ行って来るわ」ぐらいの近さである。
もう少しだ。休める。
 
しかし行けども行けども道の駅は見えてこない。
「ひるがの高原スキー場 あと7キロ」行ったことのあるスキー場の看板が見えてきた。
更に登る。道の駅はまだか。坂道つらい。
通りかかるスキー客の車が僕ら見てびっくりしてる。うぜえ。更に登る登る。
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「ひるがの高原スキー場 あと4キロ」の看板。おい、どういうことだ。
ひるがの高原まで3キロ歩いたはずなのに、2キロ先だったはずの道の駅は見えて来ない。
どういうことだ。適当に距離はかったのか、カス。
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ノリ的には4キロ歩いたところで、2キロ先だったはずの道の駅「大日岳」に到着した。
あそこの距離測ったやつは、直線距離とかで測ったに違いない。
道の駅で二人はそばをモリモリ食べると、少量の食料を買い込み、外のベンチで休んだ。
日差しが暖かかったので、そのまま二人してベンチの上でしばし寝るに徹した。
たいしは寝れなかったらしいが、僕は熟睡した。1時間ほどのお昼寝タイム。
まさかスキー場付近で昼寝することになろうとは思いもよらなかった。
三日目前半: 走行距離 50キロくらい 白川郷まで残り 50キロくらい
地図(クリックで拡大)↓
3日目前半地図

バカマラソン3rd ~2日目~

「岐阜県関市 ~ 岐阜県郡上八幡」
8

朝だ。いや、ほんとこの漫画喫茶神懸かってた。シャワーはあるわ、
寝れるわネットはあるわで、ほとんど家にいるようなもんだった。
バカマラソン中に肉欲企画見れるとは思えんかったよマジで。
10

そんなこんなで2日目、岐阜県関市から出発です。心配された足の疲労も、ないに等しい。
快調に飛ばせるかと思いきや、たいしさんが言った。
「歩こう」
アホかカス! とは言わない。当然のように僕はそれに同意した。なぜって?
なんかさー、さっき漫喫で食ったカレーがさ、暴れてんだよね。胃で。もうギャンギャン。
たいしも同じくさっき食ったものが暴れているらしく走れない。
あったかい寝床で寝、文化的な食事を食べ、そして満腹で歩けない。
バカマラソン史上、これほど過保護な理由で走れないのは初めてです。
今「バカマラソン史上」とか気持ち悪いこと言った。
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「あのさ、ゼネラルの看板のさ、「ゼ」のとこから走ろうぜ」
「まじっすかー、「ゼ」っすか~? 「ゼ」は近いっすよー、「ゼ」は」
1回怠慢っぷりが発揮されるとなかなか気力が戻らないのがバカマラソン。
僕らは持ち前の怠慢っぷりを最大限に発揮、
しばらくは歩いて景色を楽しもうと洒落こんだ。やべー、歩き最高。
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昨日まで名古屋にいたのが信じられないくらいの田舎っぷりである。
景色はのどかで最高だけれども、僕らの気持ちは次第に落ち込んでいく。
「なんのためにここに」という思いで沈んでいく。
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しばらく歩いていると、青看板が見えてきた。次の目的地である郡上八幡まで37キロ。
分かってるか、37キロだ。徒歩で、だ。
「だいたいフルマラソン一本分……か」
「やあ、遠いねえ」
一体この調子で何セットフルマラソン走れば白川に着くのか……
漠然とした不安が二人を支配する――むしろ最初からその不安はあった――が、
ウジウジしてもいられない。昨日よりペースをあげてがんばらなければならない。
僕達は再び走り出した。
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ちょっと走ると山道に差し掛かった。
アップダウンのきついこの長いロードを二人はもくもくと走った。
景色が非常にいいが、二人にはだだ長い道が憎くて仕方がない。
きちんと休んだとはいえ、一日目の疲れは走りの随所に現れてくる。
ついに膝が痛み出した。この序盤に膝が。
15

 「新首都 東京から東濃へ」
差し出がましいにもほどがあるこの看板を見ても、二人はノーリアクションであった。
日本の真ん中にあるから東濃が新首都だー、だなんて看板は主張していたが、
おそらくこのキャッチフレーズを考えた者でさえ「無理だわ」と思っていたことであろう。
そこに残るのは単なる恥。例えて言えば
酔っ払ってテンション間違っちゃったときの恥、そんなとこだろうか。
旅人の僕らですら無視、地元住民も無視、発案者ですら無視。
ならばこの看板の意味は一体……?
どうでもいい。今はただただ帰りたい。ここが首都だったら地下鉄とかで帰れるはずだ。
だが地下鉄はおろかビジネスホテルすらない。何が首都か。
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数キロ走ったところで限界が見え隠れしたのでロウソンに入った。
ロウソンで塩っ気のある梅干のお菓子、蒲焼さんを購入。
もっしゃもっしゃ食べてそのまま縁石をベットにゴロン。
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腹毛が見えてるがまあ気にしない。
そのまま空を見上げるとトンビの鳴き声が「ピー、ヒョロロロロー」
うわあ、すっげえのどか。何が首都か。
縁石で寝てたら、車が駐車してきたのでびびって落ちた。痛い。
18

ギブアップするにも交通機関がないので走るしかないない。僕らは走り出した。
道行くドライバーたちが、僕らを片目で見ながらニヤリと一笑するのが分かる。
一日目であれば、「今、笑われたぜ。へへ」みたいにたいしと恥ずかしがったりしたのだが、
それすらもうめんどくさくなってきた。歩道が狭くて怖い。
19

道の右には、温泉宿。これがバカマラソンでなければ、
僕もたいしも喜んで入るとこなのだろうが、これはバカマラソンである。
さぼったおかげで山道で夜になり、野宿するなんてことにもなりかねない。
距離の貯金は多いほうがいい。僕達は目もくれず走った。
20

ここへきてトンネル出現頻度があがってくる。
このクタクタの状態で空気の悪いトンネルの連続はキツイ。
加えて高低差が激しいので、どんどん膝に負担がたまっていく。
膝の骨が削れていく感じがする。痛い。
また、大腿の筋肉が張り、足が満足に上がらない。
足をひきずるような形でどうにか走っている。
ここで僕はある発見をした。ゴシャゴシャ考えながら走ると疲れる。
何も考えず走ることが一番よいのではなかろうかと。
なので僕は恨みつらみはしばし忘れて無心で走ることに決めた。
視点はずっと前を走るたいしのケツにあわせ、自分の呼吸音のみを聞くことにした。
「シューッシュー、ハッハ」という呼吸音にあわせてたいしの揺れるケツを見る。
シューッシュー、ハッハ。シューッシュー、ハッハ。無心。
単調なリズムと単調なたいしのケツの動き。
次第に走りながら自分がトロンとしてくるのが分かる。催眠走りの誕生である。
実際、催眠走りのおかげでかなり楽に走ることができた。
いや、正確に言うと、疲れを忘れて走ることができた。疲れてた。
夜8時ぐらいになってなんとか郡上八幡の休憩場所に着くと、僕らは死んだように休んだ。
その休憩場所はなかなか秀逸で、食堂もあれば
温泉宿すらあるという至れりつくせりのスポットだった。
食堂に身を落ち着けると、僕はたこ焼き、たいしはウドンと餅を注文。
しばし休むことにした。
するとすぐに食堂の店主が店のシャッターを閉めだす。どうやら閉店のようである。マジか。
そんなことはお構い無しで僕らはゆっくりと食べ続けた。
どうやらこの食堂スペースは24時間あいているらしく、
一応僕らはここにいてもいいようだ。
微妙にあったかいこの場所が24時間開いてるとは……
格好のホームレススポットだな、とか思ったがこんな寒いところにホームレスはいない。
そうこうしてるうちに店主が帰る。たいしのウドンのどんぶりを回収せずに帰る。
どんぶりはどこに返せばいいのかな。
どんぶりは放置して僕らは周囲に休めるところがないか探した。眠いのだ。
実は僕とたいし、今までほとんど寝ていない。
前日の漫画喫茶ではまったく寝ることができなかった。
暖房がうるさすぎたのと、走りすぎて体がクールダウンせず、眠れなかった。
なんか横になってる間、ずっと脈が早かった。体が走る仕様から抜け出せていなかったのだ。
なので寝たい。僕らはここで長期休憩をとるつもりだった。
泊まる、とまではいかないが4時間は寝る。そんなわがままを適えてくれる場所を探した。
21

あった。ラブホである。男二人でラブホに入る恥ずかしさとか、
そういうのは既に超越していた。
むしろ、ホテルの店員さんに見せつけてやろうぜぐらいの勢いがあった。
僕は店員さんの前でたいしにぴっとりくっついてやる予定だったし、
たいしは「道具とかって貸し出ししてないっすか?」と聞く予定であった。
ストレス解消に店員さんをおちょくりたかった。僕達ゲイでーす。
なのに店員さんは、僕らが入店してもウンともスンとも言わない。
むしろ、誰も対応に出てこない。自動式かと思えば、そうでもない。
確実に店員さん経由で部屋に入らねばならないシステム。なのに店員さんはいない。
不信に思ってホテル内で大声で
「すいませーん、休憩したいんですけどおおおお!」
と叫んでみたら、風呂場から声がした。
「あー、すんません。むこうから勝手に入っといてー!」
店員、風呂に入ってやがる。2時間5千円という微妙に高いとこだったし、
なんか萎えたのでここで休むのはやめた。
そこで近くの温泉宿に行き、休むことにした。泊まるのは勿論無理であったが、
温泉には入れるようだ。しかも深夜0時まで開いているらしく、
4時間の休憩希望の僕らにとっては願ってもない場所だ。
僕らは温泉用具一式を買うと、競って温泉に入った。
温泉はかなり気持ちよかった。筋肉痛にもやはり効くらしく、
僕らはしばし旅の憂いを忘れ、温泉を堪能した。堪能してたら、たいしが急に
「サウナ行ってくる」
とか言ったのでびびった。ここでサウナは意味が分からない。
温泉で軽くマッサージして、ゆったりすると、足の疲れはものすごい勢いで回復した。
若い僕達は、日ごろ温泉の効果など実感することもないだろうが、
このときばかりは温泉の効果を切に実感することができた。温泉はほんとに効く。
なんか温泉に入ったら、俄然旅行気分になってきたので、
韓国式マッサージ(¥2,700)もやってもらった。
片言の韓国人っぽいおばさんに30分ぐりぐりやってもらい、
ますます足の疲労は回復した。インターネットもあったので、
今夜もまた肉欲企画を見た。面白い。
コーヒー牛乳を飲みながら、マッサージチェアに体を沈めていると、
脳内のバカマラソン的自分が語りかけてきた。
「これ、なんて旅行?」
うん、僕もそう思う。バカマラソン楽。白川近い。
言うまでもなく地獄はこれからであった。
 二日目: 走行距離 45キロぐらい?  白川郷まで残り 約100キロ?
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2日目地図

バカマラソン3rd ~1日目~ By Y平

いよいよ始まったバカマラソン。
ノリで「白川郷に行こうぜ~」だなんて言っちゃった自分を恨みながらも、
有言実行。これぐらいやらんで、何がブロガーやねん。
ティアラガールブログぶっ潰すという気概でもって、出発した。
「名古屋~白川郷 200キロバカマラソン」の開始です。
「名古屋~一宮市」
たいしが自分から1:30集合とか言ったのに、
「すんません、1:40に着きます」とかいうメールをよこし、
結局2:00に来るという暴挙に出る以外は順調だった。
もこ
ちなみに僕の格好はこのようなモコモコ。
氷点下の世界でも十分に耐えうる防寒対策を施してきたつもりだ。
対するたいしはというと、ネルシャツにジーンズというカジュアルなスタイル。
「君、白川なめてんのか」と僕が突っ込むと、
「いやあ、ちゃんとコート持ってきとるってえ」だなんてニヤニヤ。よかった。
しかもなんかダサい靴履いてると思ったら、
この日のために買ったランニングシューズとか言うじゃない。
やっぱたいしはやる男だなと感心しかけたら、たいしがボソリと呟いた。
「今日おろしたやつだけどね」
靴擦れ万歳。
市内は強風が吹いてて肌寒かったが、走ってるうちにジンワリと汗が染み出た。
いいかげん暑くなってきたので僕はコートを脱ぎ、身軽なスタイルに。
脱いだコートがリュックに入らなかったので、リュックにくくりつけたら酷いことになった。
1
通行人が、「左デカッ!」みたいに笑うのがよく分かる。
つーかそれでなくても、二人ともリュックしょって、
「走ってますよ」オーラを出してるので、市内だとものすごく浮くのな。
一人は左がでかいし、もう一人は靴がダサいしで、
明らかに名古屋にいていい格好じゃなかった。
だもんで信号待ちしてると、ほんとに僕らを見て笑う輩がいる。
車の中から露骨に僕らを見るやつがいる、笑うやつがいる。
ファック、と思いましたねやっぱ。こっちは必死に走ってんだぞと。
てめえら車とか自転車とか乗って恥ずかしくねえのかと。ほんとにブチ切れでした。
なんか腹が立ってきたので、逆に見てるやつをジーっと気持ち悪い顔で
見返してやることにしました。前からケッタで走ってくる青年をジーっと凝視。
笑う暇を与えない凝視。目をそらす青年。目をそらさない僕ら。
伏し目がちに通り過ぎていく青年を見て、
「はっ、ヘタレが」なんて勝ち誇るのが楽しくてたまらない。
まあその横で、車の中から「あいつら何?」みたいに
ニヤニヤ僕らを見てる中年がいたりするんですがね。そんなに可笑しいか。
2
10キロぐらい走ったところで、僕らの調子も絶好調。トレーニングの甲斐あってか、全然疲れてない。
ももあげとかできちゃうぐらいっす。
そればかりか
「10キロって超楽勝だな」
「な。まだ全然足軽いし」
「考えてみると、200キロっつってもさ。10キロ20セットだと思うと大したことないよな」
「だよな。部活かよって感じ」
「行ける行ける、楽勝だわ」
「白川郷近い」
だなんていう、前衛的な会話が為されるほど僕らは余裕があった。
3
その後も相変わらず通行人に笑われるなどしながら、
僕らは小粋なトークを楽しみつつコツコツと走った。
だいたい8キロに一度ほど休憩をとり、ズンズン22号線を北上していく。
都市部は景色がつまらんので、走っていてあまり楽しくない。
関係ないけど一宮市はラブホが異常に多かった。
「岐阜県笠松町~関市」
4
名古屋から走ってくること30キロ以上。ここへ来てようやく愛知県脱出です。
僕らは岐阜県笠松町までやってきました。
まあね、下馬評どおり30キロすぎると割と疲れてきた。
とともに、夜になってきたおかげで精神的に疲れるものがある。
しばらく走ると景色に違和感が出てきた。夜になって景色はほとんど見えないが、
まわりがうっすら山のシルエットで囲まれているのが分かる。
「なんか……山に入ってきてね?」
「俺もそう思う」
5
ふと横を見やると、そこにおわすはホテル「ふもと」の文字。
ホテルですらこの先が山であることを示している。
やばい、夜に山に入るのはヤバイ。夜の山がいかに危険かを僕らは経験で知っている。
しかし……止まることはできない。まだ40キロ弱しか走っていない。
目的地は白川郷、200キロなのである。
4分の1も来ていないところで一日目を終えるわけにはいけない。
大分疲れてきた足に鞭打って、走る走る。途中、チョコレートやら
SOYJOYやらでカロリーを補給しつつ、人気のなくなってきた岐阜県をひた走る。
するとこのマラソン初めてのトンネルが現れた。正直ひいた。
当然のようにあるそのトンネルにひいた。僕ら徒歩なんすけど……
トンネル内を走るのは予想以上にきつい。なにせ空気が悪い。
長いトンネルでこもりがちの排気ガスが、トンネル中に充満していて、
走っていると非常に息が切れる。
通り過ぎていく車の運転手たちが、「なんで!?」みたいな顔して僕らを見ていくが、
もはやそんなことには構ってられない。
早く抜けたい一心で、いつもより速いペースでひた走る。

800メートル以上という、歩行者には長すぎるトンネルを抜けると、ガクンと疲れがやってきた。
距離にすると名古屋からすでに40キロ強。遅いペースとはいえ、
アップダウンのある山のふもとを走るのは相当きつい。
二人とも段々、口数が減っていき、「何でここにいるんだろう」という思いが膨らんでいく。
この思いが規定値を超えるとギブアップとなる。危険だ。
6
と、ここで救世主が現れた。漫画喫茶である。
なぜ、こんなところに漫画喫茶が……だなんて思ったけれど、
僕らはためらいもなく入っていった。汗まみれの獣臭い臭いを出しながら入っていった。

ほうほうの体で個室を1つ取ると、二人でシートにぐったりうずくまる。
正直に言おう。グロッキーである。たった40キロ。されど40キロ。
40キロ走って疲れない人間がいようか、いやいない。
これがあと4セット続くと思うと、もはや無理としか言いようがありません。
だれだよ白川近いって言ったヤツ。
「ハンバー……グ……定食……」力ない言葉で店員の姉ちゃんに注文を伝えると、
姉ちゃん、あからさまにひいてる。やめて、そんな目で見ないで。
姉ちゃんがいなくなり虚ろな目で、前にあるテレビをボーっと見ていると、
たいしが何やらゴソゴソしだした。
疲れてるはずなのに何やってんだろ、だなんて見てたら。急に
「プレステ2やろうぜ」
とのお言葉。
負けた。この男には勝てないと思った瞬間だった。
40キロ走ってきてなおプレステ2やれる剛の者、それがたいし。
「三国無双もあったよ」
やりたくない。
ものすごいたいしに絶句しながらも、運ばれてきたハンバーグを無心で食べる。
不味い。これだけ疲れてて不味いってハンバーグってレベルじゃねえぞ。
プリプリしてたら例の店員姉ちゃんがやってきて、
「隣の個室空いてるけどお、使う?」
だなんて言ってきた。なんでタメ口やねん。なめられてる。
そんなわりとダメな満喫で疲れを癒す僕ら。別々の個室に移り、シートで横になる。
しばらくすると、たいしが僕の個室にやってきて、
「疲れに効くクスリあるよ。いる?」
だなんて怪しい錠剤を渡してきた。僕に白い錠剤を手渡すと、
「こっちの黄色い錠剤は僕のだよ……こっちはあげられない。へへへ」
だなんて台詞を残して去っていった。
あいつロッカーだし、たぶんドラッグか何かだと思う。
三時間後、たいしのドラッグが効いたのか疲労はかなり回復した。
足が軽い。まだ走れるぞ。僕らは深夜12時、再び戦場(22号線)へと復帰した。
7
走っていて思った。まだイケる。全然足軽い。
さらに6キロ走った。寒すぎた。そして疲労云々より、
もはや精神が折れ気味になっている。寝たい。帰りたい。いやだ。
漫画喫茶があったので、ためらいもなく再び入った。
そこは普通に寝れるスペースがあり、シャワーまで完備。
僕らはそこで一夜を過ごすことに決めた。
野宿を決め込んでいた僕らにとって、それは天国のような施設であった。
そして、暖かいシャワーにうたれていると、また「白川超近い」だなんて気持ちになってくる。
もちろんそれは幻想であった。まだ4分の1っすか、まじっすか。
 一日目: 走行距離 50キロ弱  白川郷まで残り 約150キロ
地図↓
地図