今週の日曜も変わらず東区体育館のジムへ。コートの横を歩いていると何やらバスケの試合で若者が盛り上がってらっしゃる。きゃー! みたいな。ギャルみたいなのが応援してて、ふん、と一瞥。お盛んでいらっしゃる。陰鬱な表情でトレーニング室へ。
光溢れる雰囲気のコートを横目に、マッチョだが暗い顔の男が汗と臭いにまみれてダンベルバーベルと戯れている。みんなギャルを「アパズレが」とバカにしている。少なくとも俺はバカにしていた。よろしくしやがって。さみしくなんかない。
レッグプレス 120キロ 7レップ×3
腹筋 20レップ×3
背筋マシン 20レップ×3
バーベルベンチ 40キロ 7レップ
45キロ 7レップ
50キロ 7レップ
52.5キロ 7レップ
55キロ 6レップ 圧死
デッドリフト 15キロ 10レップ
20キロ 10レップ ×2
ダンベルカール 8キロ 7レップ×3
ストレッチを入念に。股割とかやったけれどもテレビで芸人がやってるかのごとく冗談みたいな固さだった。続いてブルース・リーが戦闘前にやる前屈運動などをやるがこれも冗談みたいにできない。ななふしみたい。
デッドリフトを初めて導入。これはフォームが重要なので重量は軽めにして鏡に映しながらフォームチェック。とにかくフォームを固めることを重点に。なかなか良い。ちゃんとしたフォームになってきた。デッドリフトは腰をやるので重量を上げるよりもとにかくフォームを正しくすることを心がけていきたい。
ベンチはあまり上げられず。というか胸にあまり効いていない。二頭とかに効いてる。フォームが崩れてるわ。今度妻を連れてきて動画を撮ってもらおう。身重の妻にベンチの動画を撮ってもらうってもうあれだな。
ごしゃごしゃ考えてないで筋トレ
起きたのは10時20分。昨日は9時前に寝たというのにすごい頑張って起きた感じ。歯ぎしりで奥歯が痛くなっていた。気管支炎で夜中に起きた気がするし、なんとなく不満足な睡眠。長く寝ればいいというものではないということか。気管支炎の薬とマウスピース装着の徹底が期待される。
妻が洗濯をしたりして勤勉にやっておったので俺も掃除機をかける。ソファーをどかしたりして入念に。茶太郎のケージ裏を掃除するのが目的だったのだがやってるうちに色んなところが気になってきて、細かいところを掃除してるうちにケージ裏の掃除は忘れてしまった。ここである。ここが残念なところ。
最近仕事がめちゃめちゃ嫌である。課題課題でいつまでたっても終わる気がしない。課題や作業は次々増えるのに納期だけは待ってくれない。納期が間に合わないことになぜなぜをやっても、作業量が増えることに対してなぜなぜはあまりやらない。理不尽である。
そんなこんなで休日であっても心が休まらない。いつも心配している。主治医はそれに対してうまく気分転換をしろと言うが気分が転換できるようなことって最近何もない。パワプロをしても野球をしてもなぜか面白く感じない。小説を書いても疲れる。気分転換って何ですか? 僕のやりたいことって? 最近はWebライターとしても活動できていない。これは書けたな! という文章も書けていない。生活にハリがない。気力がない。
「ダイエット停滞期だな」→筋トレ
「鬱気味だな」→筋トレ
「仕事うまくいかないな」→筋トレ
「体調が悪い」→筋トレ
「性欲が湧かん」→筋トレ
「筋トレしたい」→筋トレ
「モテねえ」→筋トレ
「暇だ」→筋トレ
「友達いねえ」→筋トレ
「マイナス思考」→筋トレ筋トレ行ってこょ
— Testosterone (@badassceo) 2015年6月5日
あれだ。ひとまず筋トレ行ってこよう。調子の悪い時こそ、きちんとした生活を送ることでバイオリズムを取り戻そう。今バイオリズムとか気持ち悪いこと言った。
最近思うんだけど、30過ぎて自己啓発にはまるやつの気持ちがわかってきた。PHP文庫やはあちゅう的な本。心を励ます的な本。ああいうのにはまる奴はバカだと思っていた。気持ちを高める暇があったら勉強しろよと思っていた。しかしあれだ。勉強よりまずは心と体を健康に保つことがこの社会でどんどん難しくなっており、それが何よりの基本だと感じてきた。社会にいればいるほど荒む。健康であることが当然であった学生時代とは周りの環境が違ってきた。恐るべき理不尽や嫌な人は年齢を経れば経るほど出てくるし、そうした環境下では技術や知識より、まずは元気でいることが大前提であると。世知辛いすね。筋トレ行ってきます。
手順書に仕事ぶりが現れる
ここ1週間弱ぐらい、あるプロセスを別のプロセスからAPIを使って制御するみたいなことをやっていた。単なるプロセス間通信ではなくてもうほんと同じプロセスの関数みたいに叩けるやつ。しかも酔狂なことにOS間通信をそれでやるってんでものすごい。
やり方にも複数あって、今回はCommon APIともう一つ別の方法の性能を比べるということがミッション。んで、Common APIの方を1週間弱ずっとやってたのだけれど、にっちもさっちもいかない。外注さんが前期に納品してきたテストプログラムを使っているのだけれど、なぜか通信できない。QAを出すもそっけない上、次から次へと新たな手順でてくる。と言っても手順書は存在しないので空気を読んで自分で手順を確立している。ソースコードが間違っていてそのままじゃビルドも通らない。これを納品してきた外注さんはちょっと僕たちを舐めすぎだと思う。と思ったら他社さんからもQAきたよ。ほらー、みんなできないんだってこれ。ふざけろ。ということで本格的に問題になってきたのでひとまず外注さんが解析と手順確立で火を吹いてる。ついでに僕の方も解析してくれるって。ありがたい。いや、よく考えたら当然のことなのだけれど。
その間に。別の会社が出してきた方の方法でプロセス間通信の測定を開始。こちらは手順書があり、多少行間を読む必要があったけれどもすんなりとできた。可変のデータをAPIに乗せて叩くとプロセス間で自由に送信できるようになった。これは気持ち良い。試しに10Mのテキストとか送ってみる。意外と早い。もうこっちの圧倒的な勝ちじゃね? 手順の容易さから見ても、仕事の丁寧さから見ても。
できる会社は手順書で分かると思った1週間。手順書はきっちり書きましょう。さもないと信用を失うことになる。まあ前者は手順書すらないけど。論外ですわ。
最近の茶太様の悪行
いっぽうこのうさは犬に脅かされても死ななそうである。かみつきそう。 pic.twitter.com/B6gURVV7hR
— Y平 (@yhei_hei) 2016年5月18日
最近茶太郎に噛まれまくる。
手は常に生傷が絶えないし、噛まれるたびに大声を出して怒ったりしているのだが、あまり効果が感じられない。ひどいのになると部屋んぽ中に座ってパソコンなどをしている際に脇腹や背中に寄ってきて急に噛み付いたりしてくる。尋常がないぐらい痛くて怒りながら泣いた。ウサギに泣かされる大人。ただウサギと仲良くするには根気が重要なのでへこたれずに、ひとまず一緒の空間にいることに慣れるのが重要。間違っても叩いたり、おびえさせたりしてはいけないらしい。ウサギが機嫌が悪い時に足ダンするように、ウサギの流儀で抗議をしなければならない。
かと思うと、こんな風に足元で寄り添って寝そべったりする。まじでウサギ分からない。別次元で生きてると思わないとダメです。
常に仕事で怒っているのだが僕だけ?
最近怒りっぽくなった。プライベートではなく仕事で。平素からほとんど何を言われても怒らない僕だが、なぜか仕事のことになると常に怒っている気がする。常に会社でネットサーフィンばっかする先輩をディスってる気がする。できない先輩を見下し、できる俺を必死になってアッピールしてる気がする。そう、必死になって。まるでそうでもしないと仕事がなくなってしまうかのように。一体何のために?
ちょっと前。至極技術のない先輩にリーダー面されて怒っていた時期がある。その先輩は、技術的に貧弱というか技術を知ろうとしない類の人だったので細かいことはまるで分からない。いつできるの? しか語彙がなく、常にエクセルに進捗を記載させることを信条とするようなしょうもない先輩だった。はっきり言って仕事の邪魔なのでめちゃめちゃ見下していたのだが、先日小規模な組織改革が行われついにその先輩とチームを別れることとなった。グッバイ、エクセル進捗。しかも後任となったリーダーは技術任せろ、お客さんに対しては口がうまく交渉上手の憧れの先輩だった。これは良いことになった。とても仕事がしやすくなったぞと小躍りしていた。
そして最近。気分良く仕事している僕がいると思いきや、なぜか相変わらず怒りながら仕事をしていた。常にツイッターには会社の愚痴を書き、それっぽい仕事論というかその水準にも達しないしょうもない戯言を垂れ流していた。新体制となったチームの中で、やはり僕は怒っていた。僕が怒っていたのはネットサーフィンをする先輩ではなく、意外にも憧れだった先輩に対してイライラを募らせていた。交渉上手だと思っていた先輩は、実はお客様に調子が良いだけで楽観的というかリスクを軽視する無鉄砲な人に見えた。難しいことを、え? 簡単でしょ? 的なことを言いつつグイグイ無理なスケジュールを組む人に見えた。だもんだから、少し先輩が変なことを言おうものなら躍起になって冷たく返す僕がいた。
そんな自分がすごく嫌な奴に思えた。その憧れの先輩が実際にどうなのかはもはや問題ではなかった。怖くなった。何が怖いかというと、もしかして僕はどんな人と仕事をしても怒っているのではないかと思ったからだ。端から見ても憧れの先輩は仕事ができる部類の人に見えたし、実際お客さんからの評判は良く、売り上げに貢献するやり手の先輩だった。多少無理を言うのはもちろん意地悪ではなく売り上げのためだし、頭では分かっていた。頭で分かっているにもかかわらず、怒っている。そんな人にさえ不満を抱いているのでは、もう誰と相対しても怒るのではないかと。思えば僕は自分の出来なさを棚に上げ、減点方式で人を評することばかりやっているような気がする(しかも裏で!)。ツイッターで崇高な理想を掲げ、泥をかぶりつつ上に下に無理を言う先輩を小馬鹿にしているよくいる社会人6年目的な奴だった。そんなに常に人の粗探しをして怒っていては、なるものもならないし、自分の狭量ぶりを周りに吹聴しているようなものではないか。
そんなことを妻に語ると、「そういうことは誰にでもある。私なんかタバコ臭い新人が憎くて仕方ない」と励まされた。みんなそうなのかな。些細なことで怒っているのかな。
あんまり怒らないで仕事をしたいものです。