シャイアンのぶん殴っても内定でないよブログ その4 By Y平

シャイアンのぶん殴っても内定でないよブログ
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例えば誰か、立派な偉人の伝記を読んだとき。例えば誰か、立派な人の講演を聞いたとき。
俺は、「ようし、俺もやってやるぞ」と一念発起。
明日からは早起きをし、勉強をきちんとして、
ハキハキしゃべり、就活もバリバリし……と夢見るのだ。
だがその決心は、だいたい三日で挫折し、俺は
「人がそんなすぐに変われるわけがない」
と、半ば諦めの目つきで、もしくは悟ったようなフリをして自分を正当化する。
少しずつ変わっていくしかない。それは確かに正しいことなのだろうが、
俺は、その言葉を簡単に口にし、現実から逃げる。自分を成長させるのを拒む。
めんどくさかったり、他にしたいことがあったり、
大概は取るに足らない理由で、決心はもろくも崩れてしまう。
そんな自分の怠惰を憂い、心の中でグチグチと呪ったところで
なんの解決も見出せないことを俺は知っている。
努力のできない人間が上にのさばることなど絶対にできない。俺はそれを知っている。
だが知っているということがどれだけ俺の救いになるのだろう?
俺は知っているだけだ。物事をよく理解してるような顔をしながら、
頭の中だけで高尚な理論を振り回す。それだけだ。たったそれだけ。
ノベタを訪ねるのは、俺にとってなかなかに骨の折れることであった。
俺はノベタの家の前にたどり着くと、ある種の恐怖感でいっぱいになり、
呼び鈴が押せなくなる。
もしノベタがツネオやシスカちゃんのようになっていたら……
あの愚図でのろまのノベタまでもが、立派な就活生をやっていたとしたら。
俺はいよいよヤツを殴ってしまうかもしれない。
「殴ってしまうかもしれない」
俺が恐れているのは醜い自分であった。他人が成長し、それを素直に受け入れることもできず、
嫉妬の波に溺れるどうしようもない自分が恐ろしかった。
もし俺がノベタを殴ろうものなら……それは自分自身を、自分の心を殴るも同然の行為である。
俺はそれが怖かった。
ならばなぜノベタと会いたいと思ったのか? それはやはり……
そんなことを考えながら、ノベタの家の前でモジモジしていると、
唐突に2階の窓が開いた。
そこには懐かしい友人の顔――少なくとも俺はそう思っている――がある。懐かしいメガネ。
ノベタの家に上がると、ノベタはパジャマ姿で俺を迎え入れた。
顔にはもう何日も剃っていないと思われる無精ひげ。
顔もろくに洗っていないのか、なんとなくくすんだ色の肌をしている。
「シャイアンが来るなんて何年ぶりだろうね!」
嬉々として俺に話しかけるノベタの表情に、
「久しぶりの友と会う感慨」以外に感情は読み取れなかった。
純粋。こいつはいつでも純粋だ。他意がない。
喜色満面、無邪気に喋るノベタに案内されて、俺はヤツの部屋に入る。
部屋には湿った空気、それも人間の生活感を想起させるニオイをはらませた空気が充満していて、
少し圧迫感がある。
5畳ほどの部屋の中央に、ペチャンコの布団が鎮座していて、
布団の隅々には雑誌が散乱している。
部屋の一角には、ファイルと分厚い本とが乱雑に積まれていて、一つの山が形成されている。
枕元に開いてある雑誌には、「伊藤つばさスピード離婚!!」という見出しが書いてあった。
机には不均等かつ不安定につまれた本の山に、斜めにノートパソコンが開いてあり、
その後ろの窓から、まぶしいほど日光がさしこむ。が、部屋は仄暗いままだ。
俺は心の底から安堵を感じた。なあに、ダメ人間は俺だけじゃない。
ノベタはやはりノベタだ、案ずることはない。
そう考える俺がいて、意味のない安堵に身をゆだねる俺がいて、
一方で「だから何だ?」と問う俺もいた。
その問いは、俺にネットリとからみつき、心に不快な薄幕をはる。
とたんに息苦しくなる。
汚い部屋、堕落した自分、昔いじめられた友人。あらゆる事象を無視して、
ノベタはただただ喋り続けた。無邪気に、笑顔を絶やさず。まぶしいほどだ。
たまらなくなって俺は聞いた。
「お前、就活どうしてる?」
勢いよく喋り続けてきたノベタが、一瞬ぴたりとたじろぐ。
が、しかしたじろいだ時間は、気づかない者なら気づかないほど僅かで、
つまりはノベタは自然に振舞っているように見えた。
「やあ、全然ダメでね。でへへ」
そりゃダメだろうな。と思う自分を必死に抑える。
「シャイアンはどうなの?」
そう言うノベタの顔に、内定の出ていない者特有の卑屈さは感じられない。
いや、もしかしたら必死に顔に出るのを隠しているのかもしれない。
「まあ俺も、ダメだな。面接はけっこうしてるんだけど……」
嘘ではない。確かに面接はしているのだ。
「けっこう」と言えるのかは分からないけれど、確かに。
そう考えた後、俺はいったい誰に弁解しているのだ? と思う。
「たくさん面接受けてるの? うーん、すごいな。
僕はたまにしか受けらんないもん。なんか億劫でさ」
共感。俺は激しく共感した。めんどくさくて受けられない。
その意見をノベタから聞いて、俺は思わず笑いそうになる。
馬鹿にした笑いではない、仲間がいることを知った喜びの笑い。虚しい笑い。
ポツリポツリと就職の話をしたのち、俺達はどちらともなく話題を打ち切った。
それは双方とも就活がうまくいっていないことの証明のようで、
なんだか腹が立ったのだけれど(誰に対して?)、俺はノベタとの再会を楽しむことに決めた。
ノベタは、ツネオやシスカちゃんとは違い、堕落していて、享楽的。
他人に優しく、自分に甘く、やはり他人に甘かった。そう思えた。
俺は「だからこいつ、好きなんだよな。」と思った。(自分の仲間であることが)
俺達は、昔懐かしいバカ話をしながら、汚い部屋でテレビゲームをして遊んだ。
相変わらずノベタは下手くそで、俺は幾分か気まずい思いをしそうになったのだけれど、
ノベタは楽しそうにしていた。その楽しそうな顔を見て、安心するとともに、
俺達はこれでいいような気になってきた。
と、突然後ろのドアが開いた。
俺とノベタは、ビクッとして後ろを振り返ると、
満面の笑みを浮かべたおばさんが立っているのが見えた。
「あらタケシさん。ゆっくりしていって下さいね」
優しくそう言うと、おばさんは少しだけ荒々しい音を立てて、ドアを閉めた。
俺は見た。ニコニコ笑うおばさんの目の奥に、とてつもない怒りが混じっているのを見た。
それは怠惰な息子に対するものなのか、息子を遊ばせる原因になった
俺に対してなのかは分からない。
だが、おばさんの登場で、一気に俺達の楽しい空間はぶち壊された。それは確かだった。
テレビから聴こえる、派手な爆発の音や効果音だけが部屋に響き、
俺達は作り笑いを浮かべながら黙ってゲームに興じた。空気が重い。
就活という名の現実が途端に俺達の前に立ちふさがっていた。
いや、最初からあったはずだ。俺達はそれから目を背け、いっこうに前を見ようとしない。
ノベタは突然すっくと立ち上がると、ニコニコしながらこう言った。
「シャイアン、ヘルスにでも行こうか」
俺の心の中は、最早罪悪感でいっぱいであった。一刻も早く家に帰りたかった。
どう考えても、光の見えない道へと歩き出す俺達は、
しかしそれでもどうしようもなく寂しくて、歌舞伎町へと歩を進めるのである。
続く
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すいません、終わりませんでした。
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