茶太郎、孤独じゃないグルメ

こんにちは0507
 こんにちは、茶太郎です。世間はゴールデンウィークで浮き足だっておりますな。主人夫婦もご多分に漏れず休みということで、どこかへ出かけると思いきや、ずっと家で三国無双をやっております。昼間、武将の無骨な声で「敵将討取ったりぃ!」などとやられるものですからオチオチ寝てもおられません。やれフェイスブックやらツイッターなどでは、行楽の様子を楽しげにアップしている一方、この夫婦は薄暗い部屋で天下三分の計を描いている。三国志好きの僕としては天下三分の計はけっこうだがそれでいいのか、あなた達のゴールデンウィークは仮想世界の三国で終わってよいのか? と小一時間夫婦に説教をかましたくなるものです。しかし声帯を持たぬ僕の力では足をダン! と踏みならし主人の不健全を戒める程度しかできません。
 しかしそんな僕の必死の諫言が効いたのでしょうか。今日は夫婦二人して出かけたようです。「野草を」とか「茶太郎が食べれるのは」とかチラホラ何か聴こえてきます。行楽は結構ですが、イヤな予感がしました。そしてその予感が的中したのです。
大量の野草
 帰ってきた主人達がようようと僕に見せたのは大量の野草でした。まさかそれを僕に? 主人達は僕をナチスドイツの人体実験の延長者とでも考えているのでしょうか? 毒草が混じってるやも知れぬ、えも知れぬ細菌が潜んでいるやも知れぬ、なによりも僕達ウサギ族が憎んでやまぬ犬猫の糞尿などが付着している可能性もある。そのようなものを僕に食べろと、そういうわけです。主人達は無慈悲にぐいぐいと僕の顔に謎の野草をおしつけてきます。「おいしいよー、これは体にいいものだよー」などと甘い声をかけてきますが、その主人達の目が僕にはエドゥアルト・ヴィルツの目に見えます。アウシュビッツ強制収容所の悲劇は札幌で再び起こらんとしているのです。総毛立つ想いでした。
ギシギシ
 第一実験は「ギシギシ」と呼ばれる野草でした。なるほどウサギが食べれる野草として有名とのことですが、油断はできません。僕は主人達のモルモットとして震える鼻をヒクヒクさせながらひとかじり、やってみたわけです。
ギシギシ2
 ふむ。悪くない。マズかったらせめてもの抵抗として連続足ダンで一矢報いる覚悟でしたが拍子抜け。むしろ美味い。しかし油断はできません。人体実験もといウサ体実験をする場合、一気に殺してしまう恐れのある劇薬を最初に持ってくる道理はありません。油断せず、死を感じた瞬間逃げる覚悟で次の実験を迎えましょう。
オオバコ
 次は「オオバコ」という野草でした。調べてみたところ我々ウサギ族が大好物ともっぱらの噂らしい。またしても拍子抜けです。これならば生き抜けるやも知れぬと安堵しつつオオバコの匂いをかぎます。
オオバコ2
 危うく口にするところでした。これは食べ物ではない。僕の直感がそう言っています。しかるに主人達は「ほらほらー、ウサギさんの大好物だよー、みんな食べてるよー」などと猫なで声を出していましたがそういうことではありません。ほら、関西人に納豆をすすめるようなものです。源平合戦で言えば僕は平家側というわけです。源義家が納豆を食していると知らば、我々平家ウサギがそれを食べる道理はありません。
笹
 僕が平家没落の歴史を再考し諸行無常の憂いを覚えている最中に次の野草がきました。今度は「笹」らしい。笹って。あのパンダが食べるやつでしょう? それってそこら辺に生えている物なんだ。僕は少し主人達の努力に感心しつつ恐る恐る口に含んでみました。
笹2
 うまい。なんだこれは。こんなに美味い物をパンダは食べていたのか。頭をガツンとやられた気がしました。それとともに、この不審なウサ体実験はもしや、実験などではなく本当に人間の好意によって構成されているのでは? 僕の疑念は氷解を始めたのです。その後の僕は従順でした。
すぎな
 「すぎな」。食べれるが美味しくない。稗や粟を食べている感じ。とでも形容しましょうか。
ふき
 「ふき」。
ふき2
 天ぷらにでもしてあなた達が食べればよろしかろう。
もっとないのかね
 もっとないのかね?
 その後も主人達から種々折々様々な野草を馳走になり、僕はすっかり食によって籠絡されておりました。あれほど怪しかった主人達も今ではなじみの酒場のオヤジのように感ぜられる、あるいは気の効いた旬の物をそっと膳にすえてくれる料亭のような、そんな心地さえしておりました。やはり疑ってばかりでは人生もといウサ生はなりません。信義の心が大事だと言う事を先達、三国志を読み返した際に心に刻んだ事をすっかり忘れたのか茶太郎! 劉玄得が没してもなお蜀を支え続けた孔明のように僕は成る! その感動を、義を、忘れたのか茶太郎よ! と自身を叱り、恥じました。
かぶ
 しかし僕が愚かでした。最後の最後でカブの葉が出てきました。
かぶ2
 カブは食わないって何度言えば分かるんだクソッタレ! うぬらは白痴か! しかもわざわざ干してシナシナになったヤツを出してくるたあ、どういう了見だい! 生は食わぬが、干物なら食うであろうって魂胆かい!? だんなあ! イカ嫌いのやつがスルメイカなら食べれるってーのかい? そいつはどういう道理だい!? ダン! ダン! ダン!
かぶが景観を壊す
 足ダンは虚しく響きますが主人達は一向に解しませんでした。しかもあろうことか、
かぶが景観を壊す2
 こうしてケージの横に見せしめのようにカブを固定し始めたのです。「そのうち腹へったら食べるだろう」とか言ってます。ウサギなめてんのか。景観も最悪。僕がトイレの位置などを自らずらしたりして絶妙に設計した空間がシナシナのカブで汚されます。多分風水も良くない。南東にカブは最悪の風水ですよ多分。これで病気になったら全部主人達のせいですよ。一刻も早くこれを撤去しなさい。僕は天安門事件の青年のようにただカブの葉の前に仁王立ちし、足をダン! ダン! ダン! と踏みならすのです。ダン! ダン! カブの葉反対! カブの葉反対! 原発も反対! ダン! ダン! ダン!


以下、茶太郎の手帳に記してあったメモ書き。
オオバコ : ×。食べる物ではない
フキ   : ×。人間が食べるもの
ヨモギ  : ×。餅にして食べる意味も分からない
ペンペン草: ×。ぺんぺん草も生えないって例えられるほどのThe雑草を持ってこられてもねえ
カブの葉干物:×。断固食べないをモットーに
スギナ  : △。何もなかったら食べるレベル
ギシギシ : △。まあまあだがペレットのほうがいいかなあ
シロツメクサ:○。美味。牧草のおかずにして食べたい
笹    : ○。パンダってうまいもの食ってんなあ
タンポポ葉: ○。ウサギ界ではスターダム的な食べ物らしい。その気持ち分かる
タンポポ干物:×。何でなんでも干物にするかね
タンポポ花: ◎。ウサギ界の三大グルメに入る。美味しんぼで究極のメニューとして出して欲しい

茶太郎、性にめざめる

こんにちは150506
 こんにちは、茶太郎です。耳たれウサギであるはずのホーランドロップですが最近耳が立ってきました。主人夫婦など、僕を見ては「お前は本当にホーランドロップなのかい?」だなんて疑惑の念を向けてきますがあいつらは分かってない。僕はまちがいなく高貴な生まれです。父はアメリカのなんとか大会とかいうところで2位を受賞していますし、血統書もあります。耳にはその高貴たるを証明するための血統書IDのタトゥーもこしらえています。耳が立っていることだけをつかまえて「お前はネザーランドドワーフかなにかだね」だなんて揶揄するのは、漢室の流れを汲む劉備玄得をもってただの筵売りなどと揶揄する俗人と等しいようなものです。あいつらは自分の無知ぶりを分かっていません。
やわらかボール
 閑話休題。今日は主人が僕用のおもちゃを買ってきたようです。DAISOで売ってる柔かボールとかいうやつです。
やわらかボール2
 といっても僕は子供ではありませんので(生後4ヶ月といえば人間族の中ではちょうど思春期にあたるようです。しかし僕はもう立派な大人だと確信しており、三国志で例えるならば、劉備が徐州でひとはたあげたくらいの立志ぷり程度はあると思っております)、いささかこのような幼稚なボールでもって僕をたらしこめると思っている主人らの浅はかさには辟易するばかりであります。
なんだなんだ
 とはいえここは好奇心と気力の塊の僕。いちおうは念入りにこの貢ぎ物をあらためたいと思います。ふむふむ。匂いはない、か。
なんだなんだ2
 ううむ。形もなかなか。うん? あれ、なんだか変な気分になってきました。内なる僕の青春のエネルギィとでもいいましょうか。幼稚なボールがどこか扇情的な形をしていることに気づいたのです。
なんだなんだ3
 性に溺れる者はやがて死地に追いやられます。博学な僕がまたしても三国志で例えるならば、曹操は絶世の美女鄒氏に没頭するあまり、その隙を張繡につけこまれ、死を垣間見、なんとか生きながらえるも股肱の臣下であった典韋を失っております。僕はその曹操の振る舞いを吉川英治の三国志で読んだ際、こうはなるまいと自戒をいたしておりました。が、今僕が向き合っているこの感情は、明らかに生臭い性というヤツでありました。おろかなることに僕はこの柔らかボールに鄒氏の面影を見ていたのです。もはや止められませんでした。
マウンティング1
 ああああああああああああああああああああああああああああ! カクカクカクカクカクカク!
マウンティング2
 ぎえええええええええええええええええ! カクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカクカク!
賢者モード
 後悔。ことが終わった今、僕は一時の平静を取り戻しておりました。しかし人間の目にはなるほど僕がくつろいでいるように見えますが、実のところ僕は泣いていたのです。僕は曹操よろしく僕の中の典韋を失っておりました。性と言う激情にながされてしまった屈辱、自身の未熟さ。ウサギ族に涙を流す機能はありませんが、僕が人間であれば失った典韋をなげき悲しむ曹操と同じく、大粒の涙を流していた事でありましょう。そんな僕を見て、主人がこう話しかけてきました。
「賢者モードワロス」
 やはりこの主人は下賎でした。匹夫でした。僕は今日のへやんぽは盛大に足ダンをかましてやることをここに宣言します。4回はやります。ええ、やってやりますとも。天に召した典韋にも聴こえるようにダアン! と。

茶太郎、たんぽぽ、カブの葉デビュー

こんにちは
 こんにちは。茶太郎です。4ヶ月です。最近は一日中いるもっさい男の足にマウンティングをするのにハマってます。なんかあの足、欲情するんですよね。僕もやなんですよホントは。でも本能って止められませんよね。
たんぽぽ
 
 今朝は件のもっさい男が謎の葉をつんできました。
たんぽぽってなんぞ
 んでもって、なんかぐいぐい無理矢理押し付けてくるんスよ。謎の葉を。こっちもなんだろうって思うじゃないすか。ニヤニヤニヤニヤ夫婦そろって「タンポポだよー」なんつって。ああ、これは食べて欲しいんだなとピンときました。こういうとき食べてやると狂喜乱舞して喜ぶんで、はあ仕方ねえなっつってもぐもぐやってやったわけですな。
なかなかだな
 そしたら、まあなかなか美味い。いつも食べてるペレットの5倍ぐらいはうまい。まあブロッコリーの乾燥葉には敵わないっすけどね。あいつらにしては中々、オツなことしやがると思いましてね。ひとしきり喜びのジャンプなどを披露したわけです。夫婦そろってキャアキャア言いながら喜んでましたわ。僕もいよいよ演技派になってきたなと満足したわけです。
かぶを乾燥させる
 したらあの夫婦、調子に乗ってさらに謎の葉を用意してくんの。あ、少々調子づかせたなと思いました。奴ら葉っぱならなんでも食べるとふんでやがる。こちとらウサギ族は人間なんかよりよっぽどグルメなんで、半端な仕事したら承知しねえぞっつって。
かぶを干す1
 まあ一応臭いをかいでみました。一応ね。社交辞令的に。夫婦曰く、これはカブの葉らしい。カブねえ。ウサギ界隈では食べるヤツもいるとか聞いたけど、僕わりとグルメなほうなんで。けっこうキビシメに匂いを吟味しました。マレーシア産のやつとかだったら絶対駄目なんで。国産派なんで。
なんだこれ、かぶ?
 うーん。
イラネ
 (゚⊿゚)イラネ。
 なんつーか匂いというかやっぱ水分多すぎ。こんなもん食うたら下痢になるわってなもんで堂々と拒否してやりました。ええ。
かぶの水気をとる1
かぶの水気をとる2
 したらあの夫婦、一生懸命水気を取り出しましてね。タオルでふきふきぎゅうぎゅう押してね。まあいっぱいありましたよ。結構大変なんじゃないかなーなんて。なんかこっちが悪いみたいな空気になってきて、逆に腹が立ってきましてね。
かぶ乾燥中
 おまけにカブを日干しにするってんで、リビングのど真ん中の窓に天日干しし始めたんですよ。信じられます? ますます食べないこっちが悪い的になってきたし、リビングの真ん中はDASH村みたいになってるし景観損なわれましたよ。へやんぽするときにあんな目障りなものあったらやじゃないですか。ますます腹が立ってきました。今日絶対にへやんぽのときに足ダンしてやります。2回ほどやると思います。大人げないと思いますか? 甘い甘い。言わなきゃ分かんないんですよあいつら人間ってやつはね。

piles of flashback ~Kさんのパンチラ~

「恥の多い生涯を送って来ました」
 太宰治の「人間失格」。第一の手記は上記の一節から始まる。普通に生活していれば一度は耳にした言葉であろう。思えば作中の葉蔵が自身をいつわり、青年期に悩み、脳病院に送られるまでに多くの恥を犯してきたのと同様に太宰もまた多くの恥を食い、玉川に入水するにいたったのではあるまいか。
 しかし人は誰しも恥だらけの人生を送っていると僕は思う。恥は時折、シャワーやトイレ、入浴といった無心になった隙間にひょっこりと顔を出す。そのたびに「ああああああー」と声なき声を発し、過ぎてしまった恥はあたかもフラッシュバックのように人を苛んでくる。今回はこうしたフラッシュバックの積み重ねを、独白することによって幾分か軽減しようとする試みである。


 春の風が強くなってきた。町中では吹きすさぶ風によってスカートをたなびかせ、白いパンツをちらちらと申し訳程度にちらつかせる光景が増えてきた。
 パンチラ。世の男子は可愛い女性のパンチラを拝んでは、学校の放課後、あるいは安居酒屋の肴として「今日可愛い子のパンチラを見てよう。ラッキーだったね。春の風ときたら花粉を飛ばすだけのはた迷惑なものとばかり思っていたが、存外、悪くないものだな。ははは」などと助平顔を隠す事もなくやいのやいのやっている。
 あるいは、幸運なパンチラを御開帳いただいたものの、その御開帳ヌシの顔面があまり良くないと、男子達は「今日は悪いの食らっちまってねえ。一杯口直しをしたいものだ」などと安キャバクラに赴く。質が良かろうと悪かろうと、一応はよいコミュニケーションの話題として一役買う。パンチラとはそのようなものである。
 僕の脳裏にも中学校時代に見たパンチラが時折よぎる。御開帳主はKさんである。Kさんはテニス部、推定Dカップ。その豊満な体幹を軸に繰り出される強烈なストロークは健康的だけどエロいという相反する性質がある。若干パーマがかった黒髪は健康的に日に焼けたKさんの端正な顔にはり付き、動くたびにぱあっと汗をはじき、なびく。と同時にキュロットスカートから見えるのはVラインの黒い影。これこそパンチラ。そもこういう場合は女子はいわゆる見せパンを履いているのが普通だが、どだい中学生の僕には見せパンだろうがブルマーだろうが等しくエロかった。少なくとも中学男子にとってそれはパンツだったのである。それで顔も可愛いとなればピンフタンヤオドラ4、倍満的な。もう無敵。色々そろいすぎてる。Kさんはそう言った意味で中学校のマドンナ的存在であった。
 そのマドンナのパンチラをいまだに思い出す。
「うわああああああ」
 僕はKさんのパンチラを思い出すたびに叫ぶ。興奮して叫ぶのか。否、胸中に浮かぶのは仄暗い罪悪である。
 話は中学2年生の朝礼までさかのぼる。僕の中学の朝礼は体育館で行われていた。校長だか誰だかが退屈なスピイチを披露している。中学生達はその血にも肉にもならないどうでもいい話を馬耳東風、馬の耳に念仏。そういったテイストでただ黙り体育座りをしていた。体育座りなので尻が冷たい。何か面白いことはないか知らんってことで、周囲をキョロキョロしたり、前後でつっつきあったりなど各々がヒマをつぶしていた。
 僕もご多分にもれず退屈だった。なにかないかと思い、ふと後ろを見た。そこにはKさんがちょこんと体育座りをしていた。おお、やっぱりKさん可愛いなあなんて思いながら頬にできたニキビをプチュリとつぶす。ねばねばと指先についた白いニキビのしんを学生服のズボンになすりつけつつ、Kさんをちらちら見ては目の保養としていた。
 そのときである。嗚呼、スカートで体育座りを命じた教員の愚かしさを呪わずにはいられない。Kさんが思いっきりパンチラをしていたのである。しかもいつものテニス部で見せるあの見せパンではない、いわゆる純白の(そう、それは視覚的な意味でも文学的な意味でも純白でした)パンティーをはいていた。純白のパンティー。こんなにいい響きがあろうか。それこそ男子あこがれの筆頭株。おまけに可愛い可愛い「Kさんの」という形容がつく。Kさんの純白パンティー。最高である。捨てる神あれば拾う神あり。つまらない朝礼を耐え忍んでいた最中の思わぬ幸福。僕は興奮していた。
 次の週、その次の週の朝礼のときも何気ないふりをしながら後ろを見た。Kさんはいつもパンチラをしていた。全て、見せパンではなく本式のパンティーだった。縞模様のときも白いときも、ベージュの時もあった。これは最高のショーである。くそくだらない朝礼は僕の溢れ出るリビドーを満足せしめんショーへと変貌を遂げていた。僕はムチムチギャルを見た時の亀仙人のように「たまらん、たまらんですなあ」とニキビをプチプチつぶしながらKさんのパンチラを楽しんでいた。
 とある週であった。その週の朝礼もKさんのパンチラに心躍らせていた。膿んだニキビの汁は赤く僕の頬をそめ、膿み汁が頬を垂れあごの先にまで達していた。「いよっ! 今日は何色かなあ」と段々ずうずうしくなった僕はもはや堂々と、後ろを見た。
 しかしおかしい。Kさんときたら今日は絶妙にスカートを伏せさせ何も見えないではないか。そんなあ、唯一の楽しみが。しかしあれほど毎週堂々と見せていたKさんが今日は一体どういう了見だと下からなめるようにKさんの顔へと視線を移した時だった。
 Kさんは汚物を見ていた。いや、正確には汚物を見る目で僕を見ていた。Kさんはスカートをずりずりとさらに下へ下へと操り、パンツを隠している。隠しながら気持ち悪そうな目をし、僕を睨んでいた。
 それから大分ときがたった。
 中学生だった僕はいまやすっかり大人になっていた。日々の仕事に追われ、取引先の無理な仕様変更に憤り、それでも自分のパフォーマンスを最大限に発揮して仕事をこなしていた。結婚もした。しかしそのときのKさんの目。パンチラとセットで時折脳裏にフラッシュバックしては僕を苛んでいた。フラッシュバックの時間は時を経るにつれ段々と長くなって行き、このままではこの白昼夢に僕の生活の時間の大半がシフトしていきそうな勢いである。
 このフラッシュバックを沈めるためにKさんと会いたかった。会って、謝りたかった。バカ正直に堂々と「パンチラを見てすみませんでした」と誠実にいくか。いっそのこと一緒に飲んだりして、場が和んだ拍子に軽いノリで告白するか。「いやあ、あんときはKさんのパンチラだけが朝礼の楽しみだったんだよねー」だなんてノリで。Kさんが「やだーもうY平君サイテー!」などと言い言い場は盛り上がるだろう。「Y平はいくつになっても変態だなあ!」だなんてお調子者が囃し立てる。そう、あれは過去の事だ。当時は気持ち悪くても今は違う。過去のことなんて今は笑って流してくれるだろう。ああ、Kさんと飲みたい。脳裏にはまた忌まわしき純白のパンティーがよぎっていた。ああああ、Kさん、助けてくれ。会いたいです。会ってお話をさせてください。
 
 そんなフラッシュバックに苛まれる毎日の中、中学の同級生と飲む機会があった。中学のしょうもない昔話を肴に話をしながら、同級生はなにかの拍子にこう切り出した。
「そういえばさ、この前同窓会があったよ」
「ええ、いいなあ。誰が来てた」
「○○とか、△△とかね」
「うわー懐かしいな。△△とかなにしてんだろうなー」
「なんか離婚して大変らしいよ。子供もいるとかで。まあでもあれだ。ああいう集まりを開いてくれる人はすごいね。今どこにいるかも分からないのに、わざわざご苦労様って思うよ」
「ちなみに誰が主催者だったの?」
「ああ、Kさんだよ。そういえばお前来てなかったな」
 僕の目の前には純白のパンティーがあった。そしてそのパンティーの奥に、Kさんの汚物を見る目が光っていた。僕は頬をかいた。頬にはなにもなく、ただただニキビの跡のみがうっすらと定着していた。

4月28日 精神科で説教をくらう

「そらね、あんた。奥さんとちゃんと会話しないとだめだよ」
 長野病院は精神科の診察室で、柳葉敏郎似の精神科医は呆れた顔でものを言っている。ギバちゃんの前で借りてきたネコのように縮こまり、「はあ」とか「そうですか」とか気の無い返事ばかりを返す壊れたPepperのようなのが僕である。
「仕事にやりがいがないとかねあんた。やりたいことだけやっていられる幸せ者なんて、この世で一握りぐらいしかいないように思えるけどね。あんたはその一握りになりたいと、まあ、そう言っているわけかい?」
 責め立てられていた。この医師の中で、僕は結婚生活に悩んでおり、仕事にやりがいを感じていない一健常者としてのシナリオを組まれていた。
「あんたはこの病院にきて、わたしらに何をしてもらいたいんですか? どうなりたいんですか?」
 幸せに、なりたい、です。喉奥のごく手前まで出かけた言葉を飲み込み、僕は黙り込んでいた。お門違いだ。幸せになるならないを相談するんであれば、精神科医ではなく牧師や神仏の像に吐き出すのが上策であろう。
 ギバちゃんはひどくいらついているように見える。あるいは自称精神病患者の擬態を看破せしめんとし、テクニックで患者に悪態をついているのかもしれない。挑発に乗ってくるか否か、その反応をさぐり、心の病の真偽を確かめているのかしらん。僕はそのようなことを思っていた。僕も同じくひどくいらついていた。
「とにかくね、本当に状況を変えたいんであれば、奥さんとの結婚生活を見直して、仕事を変えるとか、なんとかやってみないとね。うちじゃあどうにもならないよ」
 ギバちゃんがみのもんたに見えてくる。思いっきり生電話のコーナーテイストの話題をかれこれ30分、えんえんと続けているギバちゃん。人生相談@精神科。ギバちゃんがそんなものをやらされるのをウンザリしているのと同様に、僕もウンザリしていた。そんな話をしにきたんじゃないのは僕だって分かっている。
「すると、このような症状は、疾患ではなく環境にあると、そうおっしゃいたいんでしょうか?」
「そうそう」
 ギバちゃんの顔にMacBookの詰まったリュックをぶちまけたいという衝動に駆られた。ここでギバちゃんに暴行を働き、窓を割り、カルテをビリビリにやぶいてそれを食べればあるいはギバちゃんも僕を診る気になろうか。そんな妄想をしつつ、僕の正常なる理性が「さすがにそれは」と尻込みを促す。うん、正常である。正常なのである。
「ひとまずね。薬を変えて様子を見させてください。この薬、気分の波を和らげる効果、あるからね。それとこれ二錠、睡眠薬。どちらも夕方に飲んでぐっすりと寝てくださいな」
 ギバちゃんはみのもんたから急速に精神科医の顔に戻ると、事務的に説明をし出す。
「趣味は?」
 所在なげにカルテをつつきながら、唐突にギバちゃんが切り出した。何? なんて?
「趣味は?」
 繰り返すギバちゃんの顔には微笑が浮かんでいる。
「小説を書く事……ですかね」
「ほう。何の小説を書くのかい?」
「SF小説とかラノベとか」
「いいねー。SFかあ。売ったりしてるのかい?
「いえ、まだ本を作ったりはしてないですけど。Web上で公開したりとかしてますね」
「SFだったらあれかい? ○○○○(作者名失念)とか? 読むのかい?」
「ああ、まあ○○○○は存じ上げませんが、星新一とか筒井康隆とか」
「いいね。パプリカ?」
「あー、面白いですね」
 ギバちゃんの顔に初めて笑顔らしい笑顔が浮かぶ。愛想の無いキャバクラで、ようやくキャバ嬢との共通の趣味を見つけた30男の気分。与太話に花が咲く。40分何円とかで僕はギバちゃんとの時を買っている。無為な時を。
「するとやはり奥さんとの共同生活でそういうものを書く時間もない?」
「はあ、まあ」
 露程もそう言う気持ちはないが同意しておく。そもそも時間があろうとなかろうと書ける時は書ける。小説とはそういうものだ。ただただ早く話を切り上げたかった。
「何かをやりたい気持ちはあるのに、奥さんとの共同生活でそれが妨げられていると。はあ、やっぱりね。こういうことは一度奥さんとじっくり話してみるに限るよ」
 話すって何を?
「それじゃああれだ。うーん……5月7日の午前。またね、診察に来てくださいね。今日はもういいですよ」
 カレンダーを指差しつつ目を伏せるギバちゃん。もはや僕の顔を見てさえいない。
「はい。ありがとうございました」
 僕は受付で薬が出てくるのを待ちつつ人間失格を読む。愛想の悪いギバちゃんだったが気分はなぜか晴れやかだ。精神病者として扱われなかったこと。針のむしろのような気まずい診察室。まるで虫歯もないのに歯科医に来て、歯石も歯垢もないときて、「さあどうしよう。何をしましょうか?」と困惑顔の歯科医を見た気分。全てが健常である事を示していた。社会になじめないのと同様に精神科になじめなかった。しかしなじめないことがプラスに感ぜられたのは初めてである。
 働こう。ただそれだけを思った。
 夜は新しい薬が効いたのか23時に寝る事ができた。夢を見た。とんでもなく楽しい夢だったはずだが翌朝起きたときには何を見たのかさっぱり思い出せず、ただ顔を洗って歯を磨いた。昨日のギバちゃんにえぐられた記憶を思い出しながら、しかし自然と笑みがこぼれ活力に溢れていた。今日は美容院に行く日だ。