引っ越しするので引っ越し業者に訪問見積もりを出したと言った。今日が一斉見積もりコンペの日である。数社の引っ越し業者が一同に僕のアパートに集結、おのおのの思いの丈をぶちまける日。さながらトヨタに群がる部品メーカーのプレゼンの様相。各社、全力の品質とコストのせめぎ合いを引っさげやってくる。
午前9時。先行の2社がやってきた。一人は愛想のいい若手、一人は主任と称した営業は愛想ではなく中身だ体の中年。どうでもいいが中年のほうはタバコ臭かった。禁煙をせねばと僕の頭にも引っ越しとは関係のない緩いはちまきが締まる。
若手のほうはとにかく礼儀正しく、世間話もはずむはずむ。タバコのほうはどちらかと言うとお話は苦手そう。ふふん。また若手のほうは、「一括見積もり依頼されたんですよね? あれ本当に営業電話いっぱいかかってきて大変でしたでしょうー? いや、ほんとすみません」と営業のしつこさを事前に労うファインプレー。苦労をわかってくれる人に僕たちの心は掴まれます。更に言えば玄関の電気を自主的に消したのも若手でう。タバコのほうは玄関の電気つけっぱなしで入ってきた。もう勝負は始まっている。コスト、品質に差がなければ最後は営業さんの印象だけで決まるこの世界。「あの営業さんがよかったから契約しました!」というのは営業が喜ぶ至上の言葉であり、よく新卒説明会で謳われる新卒殺し文句である。にくいぜ若手。いい仕事しよる。
結果品質、サービスにほぼ差がなかった。むしろ若手の会社のほうが品質、サービスに分があった。しかも安い。玄関の電気も消す。心証、中身ともに申し分ない。ただタバコのほうも負けていない。少しだけ高い以外は問題が無い。というかどちらも安すぎた。大手だけどこんなに安くていいの? むしろこれでどうやって利益を出すのか。ニコニコの二人は会社をつぶしにかかってるんじゃなかろうか。おそらくこれが同日に見積もり訪問をするメリット。お互いにつぶしあい利益ギリギリまで勝負してくる。
にこやかに若手とタバコを別れて次はもう一つ大手の営業さんが入れ替わりでやってきた。こちらは現場上がりの営業さん。精悍な顔つきに現場を知ってるという自信があふれる。現場上がりは一通り部屋を見回し見積もりをピコンとはじく。すごく……現実的なお値段です。そうだよね3人も社員呼んで、トラックも用意したらこのぐらいの値段になるよねって額。お値段は若手とタバコの1.5倍くらい。高いのが悪いとは言ってない。若手とタバコが安すぎる。このお値段だとバイト代だけで赤字になるレベル。なんか逆に不安になってきた。「実は若手さんの会社はこのぐらいでして」と若手の置いて行った見積もりを見せると現場上がり、目を丸くして「これは……どこで利益とるんですかね……?」と一言。僕もそう思います。
というわけで現場上がりとは、若手とタバコの値段がいかにクレイジーかを現場観点から語るという謎の談義に終始した。帰りしな、「うちは……手をひきますね」としょんぼり言っていたのが印象的。同感。若手とタバコの会社がクレイジーすぎるのである。しょうがない。これにて全社見積もり完了である。
さて、じゃあ一番値段が安クレイジーで高品質な若手に電話しようかなと思ったら、タバコから電話が来た。今更なんですか。「どうでした、うちも他の業者に比べれば安かったですよね。ただ若手さんのところはねー。ということで特別に若手さんより安い○○円でどうでしょ!?」と更に押しの一手。最初の値段ですらクレイジーなのにさらに7がけしよった。あまりに安すぎて「いや、それじゃ……利益でないんじゃ」と思わず伝えると「大丈夫です! ただ、今! 今決めていただければ○○円です! 返事ください! ナウ! ナウ!」とすごい。今返事しないとだめってちょっとした悪い商法じゃないのか? といっても○○円は安い。ならタバコさんのところでって返事した。「じゃあ明日段ボールとか送りますね!」明日て。マジで。
正直若手の方が心証がよかったため、ちょっと残念だなと思いつつ若手にも断りの電話を入れる。留守であったためひとまずタバコさんのとこに決めましたとだけ言づてして切る。はあよかった。これで心おきなく引っ越せるとほっとしたのも束の間、しばらくしたら若手から鬼電キタ。
「うちなら△△円でできますよ!!!」
え、それって若手さんの日給にも届かないんじゃ……え? 待ってくださいね。これをタバコに伝えますんでとタバコに電話。タバコ臭い息を飛ばしながらタバコが清水の舞台から飛び降りる。
「じゃあうちも△△円!!」
ということで、当初僕が考えていた予算の4分の1ぐらいで引っ越し出来る事になった。具体的に言うと諭吉が2枚でおつりが来る金額。明らかに安すぎる。大手なので信頼しているが、こんなことやってたら日本経済は停滞するわなと日本と当日の引っ越しを憂いている。安ければ安いほどいいが、非現実的なほどに安いと不安になる。あとでつぼとか買わされても僕に断る勇気はない。引っ越し業者怖い。
引っ越しコンペティション
引っ越しするの。なので引っ越し業者に依頼しなければならない。やだなーやだなーなんて思いながら重い腰を地面につけたままにしてた。あまりに動かない僕を見て業を煮やした妻。いつの間にかインターネットで見積もり依頼を出そうとしてる。「本棚がいっこでー、衣装ケースが5つでー」とかなんとか。ブツブツ独り言いってました。僕はそれを見ながら鼻くそほじりながらお茶飲んでました。
「できた!」
妻の嬌声が響く。引っ越し業者に見積もり依頼だしたよーと。ウキウキの妻がおる。あらマジで? 一括見積もりで大手引っ越し業者6社にいっぺんに見積もり依頼を。すごい。僕は引っ越しはしたいが引っ越し業者に電話はしたくないという真性怠け者なので見習いたい。ははあー妻様ーなどと平伏してたら異変おきた。
ジリリリリリン! ジリリリリン!
妻のiPhoneがにわかに鳴り出す。見積もり依頼して1分である。ちなみに22時である。どういうルートでこの迅速電話がかかってくるのか興味わいた。その前に常識的に電話してくる時間じゃない。
一抹の嫌悪感を覚えつつ妻が電話に出ると「アリさんマークの引っ越し社」だった。夜分遅くにすみませんだとかなんとか。じゃあかけてくんなよとか思いつつ訪問見積もりの日を決める。ではお願いしますねーなんつって電話を切る。はあ、緊張した、と妻のため息。
そしたらアリさんと話してたわずか3分の間に、妻の電話に留守電が2件、メールが4件。全て訪問日決めるから折り返し連絡しろという旨。
架空請求を思い出す。「あなたエロサイト見たから至急ここに連絡してください」テイストな。すげえ怖いのよアレ。実際に電話したらすげえ罵倒されっからね。無視するに限る。
でも無視できない。なぜなら引っ越し業者だからだ。もう夜も遅いので、明日にしようとひとまず寝る。
次の日。仕事を終え家に帰ると妻が浮かない顔をしている。妻の携帯を見ると昼の2時3時にガンガン電話かかってきてる。全て引っ越し業者である。もはや架空請求よりひどい頻度。どうして仕事中の昼にかけてきてつながると思うのか。しかも「2月上旬に引っ越すんなら早急にやらないとヤバいよ!」と脅しかけてくる。留守電で。これは悪徳業者がよくやるやつ。「いついつまでに支払いしないと違約金発生→裁判起こすぞ」の属性。架空請求がよくやってくる手法。
キレた。なんでこんなバカなのっつって、言われた通り折り返しお電話したよ。一発説教かましてやろうってね。
そしたらオペレーターさんすごい。底抜けに明るい。ぐいぐいくる。週末に訪問見積もりをお願いしたら、他の引っ越し業者の訪問日も聞いてきた。はあ、同じ週末に考えてますっつったら、
「いやー、やっぱ引っ越し時期迫ってますから早くやりたいんですよねー。明日とかどうですか?」
と返答。明日空いてる? ってお前。友達か何かか。平日だし。仕事でいないっていってるのに。明日飲みに行きましょうよのテンションで聞いてくる。
丁重にお断りしたところ、今度は他の引っ越し業者と同じ時間に訪問するっつってきた。すごい。契約取る気満々である。こちらの都合とかじゃない、有無を言わせない契約したいオーラ。「勉強させてもらいますんで! 勉強!」とぐいぐいくる。もう疲れた。いいよ。
んで無事いろいろな引っ越し業者を我が家に招くアポを取ったのだけれど、まだ終わらなかった。アート引っ越しセンターさんとの電話。なんかアートさんは引っ越しの見積もりと一緒にインターネットの契約も紹介してくれるらしいよ。いらない。自分で探す。ただでさえこの電話攻勢にイライラきてるというのにこれにインターネット業者が加わったらたまらない。インターネットは自分で探すんでけっこうです、との旨を伝えて電話を切った。
そしたら電話切って30秒だよ。速攻で電話がなった。出るとインターネット業者だった。アートさんに紹介受けまして云々。いや断ったんですけどね、って言ったら
「それがですね、キャッシュバックがございまして」
とまったくめげる様子を見せない。負けたよ。アンタ達すごいよ。
禁煙と今年の初滑り
滑ったと言っても楽しくスノボでとかじゃない。普通に道で滑った。妻の静止を振り切り、禁煙をやぶって外にタバコ吸いに行ったら凍った道がドン! おうおうおうとヨチヨチ歩きしてたら滑った。転んだ。尾骨打った。めちゃめちゃ痛いよ。アナ雪で言えば、アナが滑って転んで「凍っちゃう凍っちゃう凍っちゃう」っていうシーン。アレの感じで滑った。現実は「凍っちゃう凍っちゃう凍っちゃう」なんて可愛いもんじゃなく、ついて出てくる言葉は「いってえ……くそ……!」と30手前のオッサンの呪詛。
札幌に住んでいると「今年は何回滑って転んだか?」みたいな話が良く出る。今年1回目ー。とか今年は何回も転んでるとか。まだ転んでない人はドヤ顔。5月の雪が溶けきるまでに一回も転ばなければ勝ちの恒例のゲーム。どうでもいいと皆思ってるはずなのに必ずこの会話、みんな、やる。
しかし我々中年ではなく子供であればどうだろうか。おそらくそんなことは話題にしないと思われる。子供は氷の上で転んでもなんともない。アナもエルサもたぶん「今年何回転んだか?」なんて気にしない。アナが「さっき転んじゃってさー。今年の初滑りよ」なんて口にしようものならこれはブルシットな脚本だってウォルト方面からケチがつくでしょう。
思うにこれは老いから来る会話だと断定する。20代後半から60代のおじいちゃんまで。こぞって「今年何回転んだか」選手権が行われるのは、体が思うように動かなくなり、氷に翻弄される自己を誰かに知って欲しい。気持ちを分かって欲しいという顕れ。その心が「今年、x回転んだ」との会話をさせるのだと思う。
そう思うと可愛いものだ。ゆりかごから墓場までとは良く言うものだが、人間誰しも赤ん坊の頃は立つだけで褒められ、そしてまた老人になれば歩くだけで若いですねと褒められる。朝は4本、昼は2本、夜は3本なーんだ? ってなもん。その中間点としてこの「今年x回転んだ」という謎の会話が行われる。思うように動かなくなってきた体、そしてアナも引くぐらいのツルツルの札幌の路面、そして今年初滑り。尾骨打った。目から星が出た。いってえ。凍っちゃう凍っちゃうじゃ済まねえぞアナの馬鹿野郎。いってえ。
タバコ吸い吸い、尻をさすりながらアナテイストでよちよち家に戻ると、エルサではなく妻が「タバコ吸った天罰だわ」と一言。それはないよエルサ姉さん。
すすめる母さん
去年末の話。妻と弟と僕で飯を食べている。そこへ「今年は牡蠣を買ったのよ」だなんてノリノリの母がやってきた。
母「普通に焼いた牡蠣と、焼いてチーズ載っけた牡蠣とどっちがいい?」
弟「チーズぅ?」
Y「僕ちょっとだけチーズのやつ欲しい」
妻「おいしそうですね」
母「でしょ? あんたも欲しいでしょ? チーズ」
弟「うーん、じゃあ半々にして」
「半々ね!」と答え、満足そうにキッチンに消える母。そしてじゅうじゅう音がしばらく。実家のネコの話などをしていると皿を持った母がやってきた。
母「はーい。できたよ! 美味しいよ。食べてね。チーズだよ!」
母が「ドン!」と置いた皿を見ると、そこにはチーズの載った牡蠣と、プレーンの牡蠣が、いや違う。
妻「わあ、全部に……」
Y「チーズが……」
絶句する僕と妻に弟が、「な? 毎日大変だろ?」と一言。
チーズのせ牡蠣は非常に美味しかった。美味しかったけどね。すごいよね。
少しも寒くないわって強がり
年末から正月にかけてアナと雪の女王の特集を目にする。我々夫婦はまだアナ雪を観ていないし今後も見る予定が無いため好き勝手色々予想する。
妻「アナ雪ってさ、今まで観た情報を統合すると」
Y「うん」
妻「引きこもりの姉をどうにか外に引き出そうって話なのかな」